笑ったところを見たことがないやつが今、俺の目の前に座っている。
ここは図書館だから笑うようなところではないことは重々承知しているが、それでもそのほかの場所でも笑ったところを
見たことはない。というのも俺は最近こいつ――・のことを知ってから気づいたことではある。
ちなみに最近も最近1週間という極めて短い期間だ。
食事を取っている時も、談話室に居る時も、は笑わない。俺が見たことのある表情といえば、
ただボーッとしているか、寝ているか、大体無表情である。
足を投げ出して、羊皮紙を目の前にしてはその内容を考えているのか、ボーッとしているのか分からない表情を
している。まったく何を書けば良いのかわからない、と思案しているのかと思ったりもしてみるが、は授業中当てられた
ことにはすべて完璧に答えているから、それはないだろうとその考えは俺の中では切り捨てられた。
「なぁ、」
気付けば俺は声を出していた。ずっと何も言わず黙ったままだったので、声が低く掠れた。
ところで何で俺は話しかけたりしてるんだ?
「何か?」
面白味もなにもない、そして高くもなく低くもない中性的な声をしていると俺が認識したのは、が返事を返してから
数秒たった後のことである。
「お前さ、何で笑わねーの?」
「なんで笑わなくちゃいけないの?」
即答で返事を返された。そういわれてしまうと非常に困るわけだが、笑った顔も見てみたいと思うのは普通じゃないのか?
確かに、こんなことに俺が固執しているのもおかしいとは思うけれど、そう、これはただの興味だ。
まぁ向こうは俺のことを知っているとも思えないし、俺が、と勝手に読んでいることも知らないだろう。
一応問い返してみる。
「俺のこと知ってる?」
「知ってる。有名だし」
「そうか、俺もお前のこと知ってる」
「ふーん」
「・・・・」
「私、用事あるから」
「あ、ああ・・・またな」
またな、とは言ったがそのまた、がいつ来るかは分からない。それにが俺のことを知っていたということにも
多少びっくりした。そりゃあ俺は悪戯仕掛け人の4人なわけだし、このホグワーツで知らないものはいないだろうと
断言することも出来たが、だけはなんだかそんな態度も見せないのでてっきり知らないものだと思い込んでいたのだった。
なんてことない会話と呼べるものではないものを交わした後、は椅子を引き、机の上に散らばっていた羊皮紙をかき集めて
立ち上がった。やっぱりその顔に浮かんでいたものは、無だった。
次の日、を廊下で見た。渡り廊下であったため、ふくろうが彼女の元に飛んできて手紙を渡しているのも見えた。
は手紙を運んできたふくろうを数回なでた後、ローブのポケットに手を突っ込み、何かないか、と探している様に思えた。
すかさず俺は駆け寄った。昨日ジェームズにもらった菓子が左ポケットに入っていたのを思い出したから。
「これ、やる」
「・・・ありがとう」
菓子を手のひらにのせて差し出せば、またもやそっけない言葉だ。感謝しているのかどうかも怪しいが追及したところで、
別に何が変わるわけでもないだろう。そう考える俺は何故か冷静だった。
それを疑問に思うのは、普段なら怒り出してもしょうがないくらいの短気さを俺はもっていたはずだから。
ばたばたと羽音を響かせて飛んでいくふくろう以外には音を立てるものは何もない。は白い封筒をじっと見つめて黙っていたし、
俺もそんなを見ていた。そのまま何分経っただろうか。彼女はようやく重い口を開いた。
「いつまでそこにいるの?そろそろ向こうに行ってくれない?」
「・・・それ、見ないのか?」
「大きなお世話です。ブラック」
ファミリーネームを呼ばれただけだというのに、思わず俺は身震いした。
彼女の口から俺の名前が出るなんてなんだか不思議な感じだ。
「何で見ないんだよ」
「別に私が見ようと見まいと関係ないでしょう」
「そんなに見つめてるんだから、大事なこと書いてあるんだろ?」
「・・・・」
それきりまた彼女は押し黙った。沈黙、しかし俺にとってこの沈黙は別に苦痛ではなかった。時間が刻々と過ぎていく。
・・・俺、こんなにに構ってどういうつもりなんだろうか。自分のことなのに自分が良く分からない。
リーマスあたりに聞いてみれば、答えは果たして出るのだろうか。
俺がそんなことを考えていると、ばりっという音が突然して俺はあわてて下に向けていた目線を上げた。
はべりべりとお世辞にも綺麗とはいえない封のきり方をして手紙を取り出していた。
彼女の目がすべるように手紙の上を動く。全部読み終わった後、彼女は手紙を握ったまま、またあの遠くを見るような目で
空を見つめていた。小さく動く唇は一体なにを吐き出したのか。
「・・・やっぱり」
そうつぶやくに気を取られすぎていたのか、いつのまにか俺が気付かないうちに彼女のその黒い瞳からは涙が
あふれ出していた。一体手紙の内容がどんな内容なのかはまったく俺の頭では想像すらできないが、ずっと無表情だった
が涙を流している。はたから見れば俺が完全にを泣かせたと思われるだろう。現に俺にはそういう経験が何度も
あった。それだけじゃなく笑顔が見たいと思った俺にはこれは少々キツいものがあった。
しかしここには俺と彼女以外は、あいにく誰も居ない。
沈み行く彼女の感情にぶちあたって、俺も飲み込まれそうだった。
俺と彼女の間はまだ歩み寄るという前の前の段階も踏んではいなく、彼女からしたら俺の存在なんて入りこめる余地もない。
はまだ泣き止むことはなさそうで、抱きしめることも出来ない俺には当分彼女を泣き止ませる方法なぞ、浮かんではこなかった。
その涙のわけを知りたい