「失礼しました」

ぱたん、と魔法史の教師の部屋のドアを閉めた後
はぁ、と今日何回目かも数えるのも疲れたため息をはいた。は1人寮までの暗い廊下を
とぼとぼと歩いていた。今日は最悪の日である。
左手には魔法史のレポートが力なく握られており、そのレポートの表紙には
でかでかと名前の横に再提出、という赤い判子が押されていた。
なんだというのだ、今日という一日は。1時間目からついてない事ばかりであった。
実験で鍋から変な煙を出したり、たわしをハリネズミにするはずがなんか毛がごわごわした
狸みたいなのになってたり、居眠りをして頭を叩かれたりもした。
・・・いや、1番最後は自分が悪いのはわかっているから、そこはあえて言わないでおいて欲しい。

もう駄目だ。ぜーったい寮に帰ったら、1番に会った人に飛びついて愚痴を言おう。
とりあえず、相手の迷惑を考えず飛びつこう。そうじゃないと、もうなんだかいろんなものが爆発
してしまいそう。日本は遠慮深くて思慮に富んでいるなんてことを言うが、もう私はもしかしたら
ジャパニーズピーポーではないのかもしれない。ホグワーツにいる間にそんな慎み、などというものは
どこかへ放り投げてきてしまったんだろう。残念ながら大和撫子にはなれそうもない。



太った婦人にグリフィンドール寮の合言葉を言い、中に入れてもらう。
入ればそこには暖炉があり、その前にはふかふかのソファーが置いてある。
時間が時間なのか誰もいない。ということは、私の愚痴を聞いてくれるのは誰もいないってわけか!
もうっ、なんでこんなときだけ誰もいないわけ?!

ぶすっとした顔を作ってソファーへ直行しようとした瞬間、男子寮の階段から誰かが降りてきた。
あれは、リーマスである。しかも階段を降りているというのに紅茶を飲みながら本を読むという
危険な行為をしているというのにまったく危なげな所は見て取れない。
まったくもって優雅そのものである。とにかく寮で1番最初に会った人に飛びつき愚痴を聞いてもらおう
というたくらみはリーマスによって成功するわけだ。
私は、ばたばたと音を立てながらリーマスに近づき、そして飛びついた。


「リーマスー!!!!」
「うわ!、どうしたの?」
「今日1日最悪だったー!罰則くらうし、掃除させられるし、レポートは再提出だった!」
「ああ、それで夕飯の時いなかったんだ」
「そうご飯も食べれないし、しかもレポート明日までなんだよ!間に合わない!」
「僕が手伝ってあげようか?それで、なんで再提出になったのさ?」
「行間が開きすぎ、って・・・だってそうでもしなきゃ埋まらないもの!」


突然飛びついたにも関わらず、紅茶もこぼれることなく受け止めてくれるリーマスは本当に
英国紳士の鏡だと思う。しかも優しいことにレポートの手伝いまで・・・!
ううう、と感激で前が曇る。涙でそう。優しく接してもらうと涙が出そうになる、とは
よく言うもんだ。


「寮に入って最初に会った人がリーマスで良かったよ!」
「・・・?なんで?」
「1番最初に会った人に飛びついて愚痴をきいてもらおうと思ったから」
「ふぅん、なるほど・・・。ところで、」
「ん?何?」
「そろそろ君の後ろにいる人物からの視線が痛いから残念だけど離してもらえる?」
「え?うしろ?・・・あれ、シリウスじゃん」
「何やってんだよ」



リーマスの笑顔がだんだん苦笑まじりになっていったのはそう言うわけだったのか。
そう、リーマスの笑顔が曇るのも当然である、なにしろ私の後ろにさも不機嫌そうに立っている
シリウスの眉間にはしわが濃く刻まれていたからである。
ひぃ、これは怖い。いかに仲良しとはいっても怖い。ごめんごめん、と言いながらリーマスから
離れる。リーマスは、良いよと微笑みかけてくれる。あー笑顔癒される。
にこにこしていたら、頭をぐっと掴まれて、シリウスの方に強制的に向かされた。



「い、いいいいい痛い!シリウス、それ、超痛い!」
「知らねぇよ。お前が悪いんだろ」
「うっわー腫れてるかも!今ので確実に脳細胞が死んだ・・・!」
「安心しろ、今更少しばかり減ったところで変わんねーよ」
「酷っ!何?妙に不機嫌だしどーかしたの?」
「罰則受けたあとに、可愛い彼女が他の奴を構ってたら不機嫌にもなるよね」
「・・・リーマス!!お前もう向こう行け!」
「はいはい、んじゃあ向こうの方にいるからあとでレポート直ししようね」
「あ、うん!ありがとう!」


リーマスは依然として笑うばかりで、しまいにはくすくす笑ったまま向こうの方に行ってしまった。
それでもレポートの手伝いはしてくれるみたいで、その優しさには感服するばかりだ。
リーマスの好感度が上がった!ピロリロリ―ン!
それからシリウスの方に顔を向けると相変わらずの仏頂面である。ええええ、てゆうか容姿が
整っている人に睨まれるとダメージが果てしなく大きいんですが。



「お前なぁ・・・そうなんでもホイホイ抱きつくな」
「へ?・・・っぷ、ははははは!」
「何で笑うんだよ!大体は無防備すぎてヒヤヒヤするんだ!」
「え、あ、あのお父さんみたいだなぁって」
「はぁ?お前の頭は本当に脳みそ入ってんのか?!それとも喧嘩売ってんのか?!」
「いやいやそんなつもりはまったく。でも、意外にシリウス可愛いよね」
「・・・何で」
「あのモテモテのシリウスくんが私にやきもち焼いてくれるなんてさ」
「・・・いつもがふらふらしてるからだろ」
「うん、やきもちってなんか表現が可愛くない?」
「また論点ずれてきてるぞ・・・」


呆れ顔になってきたシリウスの顔を見て、私は笑う。
キメ顔のシリウスもまぁ格好良いのだけれど、こうやって呆れ顔だったり、怒った顔だったり、
子供みたいに無邪気に笑ったりする顔が私は好きだ。なんかさっきまでため息ついてたのが
嘘みたいにもやもやしてたのが晴れてく気がする。
心を軽くしてくれたお礼にぎゅっとシリウスの腰の辺りに手を回して抱きついてみる。
シリウスも私の背に手を伸ばして、ぐっと抱きしめてくれる。
ああ、これは私の好きなシリウスの体温と香りだ。



「シリウス、ありがと」
「お礼言われることやってねーけど」
「うーん、まぁシリウスのおかげで心が晴れたって言うか、軽くなったっていうか?」
「なんで疑問系なんだよ」
「ん?まぁ感謝してますってことで」
「やけに素直すぎて逆にそれ、怖いぞ」
「うわ!それって失礼だな!んでも、私シリウスのこと結構好きだなー」
「は?!結構ってなんだよ!」
「どっちにしろ文句つけるんじゃん。それにしても2人して罰則受けてたとか運命かもね」
「・・・だとしたら相当こじれた運命だな」
「まぁこじれてはいるよね、実際」
「ああ、多分一生離れられないぜ」
「ああー・・・それはどうかな」
「・・・なっ!普通そういうこと言うか?!」


焦りの表情が見えるシリウスにレポートの再提出やらなきゃいけなかった、と言って私はその
腕から抜け出す。そしてリーマスにレポートについてのアドバイスを聞くために歩き出す。
後ろから不満の声が上がるのはひたすら無視である。が、
私達を押しのけるようにしてシリウスが私とリーマスの間に割り込んでくるのは
時間の問題であった。ああ、もうレポートあと10枚も残ってるんだけど!間に合わないよ!





朝が来て、いつのまにか寝てしまっていたらしく、目覚めた私の身に起こっていたのは、
リーマスが掛けてくれたであろう毛布と相変わらず仏頂面ではあるものの、私のレポートを
一心に書いてくれているシリウスの姿だった。






だからそんな君が好き