「・・・・・・・・・・高、こわ・・・」



恐る恐るビルの下をのぞいてみれば、ビル風が私の身体を容赦なく打っていく。
足が震えるわ、目はもう開けられそうにないわで本当に何故こんな所に登ってしまったのか。 いや、正確にいえば、登ったのではなく、登らされたが正しいのだけれど、今ここでそんな訂正をした所で、どうなるというんだろうか。 言葉少なになっていく自分を止められそうにない。高い、怖い。の2単語しか出てこない脳みそで、他に 何か考えられるかと言ったら、考えられる訳がない。ああ、家に帰りたい。
そんな事が頭の中を駆け巡り、そしてこうなった原因は自分では分かっている。私は、そう間違いなく、とんでもないミスを 犯したのだと。



ぐわぁああっと襲ってくる様な風に抵抗しながら、私はビルまみれのこの街を見下ろす。
そろそろだ、という声が聞こえて、人々の喧噪や、なにかがぶつかる音、ヘリの音も近づいてくる気がする。
そんな状況に巻き込まれていながら、私は未だ納得できずにいた。しかし、しかしだ、なんで私?!



事の始まりは4日前にさかのぼる。











「ふむ、履歴書は・・・ここね、よろしくお願いしまーす」



新しく始まる生活、私はここ、シュテルンビルトに来ていた。
新しい街、新しい人々、わくわくは止まらない。
家電やら、生活必需品やら、明日から生活する為に必要なものを買い込んでマンションへと帰る。 今日入居したばかりのマンションには段ボールが積まれたまま、がらんとしている。 うう、段ボール整理するのめんどくさいなぁ・・・ととりあえず買って来たものをそこらへんに 置いて適当に放り出してあるソファにごろりと横になる。
その横にこれまた適当に放り出してあるテーブルに目をやれば、通帳が目に入る。 起き上がってそれを捲ってみれば、リアルに、


「・・・・こ、れはわびしい・・・・ぞ、」



残高はキラキラと一桁を表していた。引っ越し代にかなり取られ、ここの入居費も馬鹿にならなかった。
この残高は現実的で妥当とも言えるのだけれど、財布の中だってもうそんなに入ってない。 これはマズイ。非常にマズイ。というか命の危機である。



「バイト・・・しよう!」



ぎゅっとにぎった拳は固く、震えていた。
今日の夕飯は塩ときゅうりである。



「・・・・わびしい・・・明日はせめてマヨネーズくらいにランクアップしたい・・・」







それからの私の行動は早かった。履歴書をなけなしのお金で買い、記入して提出したのだ。
まずは仕事を見つけねば、塩がマヨネーズになる事はない。世の中金である。


金がなくては何も出来ぬ!とばかりに求人をしている仕事を手当たり次第に探す。その中で 1つの会社が目に留まる。多くの事業を展開しているようで、その業種別に募集しているらしい。 履歴書を入れる為のたくさんのボックスが業種ごとに置かれている。
ぱんぱんっ、と手を思いっきり叩き合わせ、神頼みをこういう時にだけして、気合を注入して、 そこにあった時間も妥当で、時給も妥当なコンビニアルバイトの業種に応募するために、そのボックスの中へ放りこんだ。



連絡が来たのは2日後。面接をして、軽い筆記テストだけをした。
今日はこれで帰っていいよ、結果はまた、と言われすごすごと帰る。たかだかコンビニアルバイトなのに、 なんでこんな真剣な面接を受けるんだ、特技とか、意味あるのかしら?スリーサイズとかもはやセクハラじゃないだろうか、 筆記テストとかコンビニにはいらないだろうなんて事を考えながら上の人の言う通り、待つしかない。
もう、きゅうりは遠慮したいんだけど、これで3日目でさすがにきつい。 明日辺りにはランクアップしたいものだ。



家に帰ろうと歩いていれば、途中でババババババッと耳が破裂しそうな音が辺りに響いた。
驚いて上を見てみればヘリが上空を滑る様に飛んでいく。辺りも騒がしい。

「さすが都会だ・・・」
都市に来たんだ!という喜びもそこそこに私は帰途につく。
今は都会気分よりもわびしいのだ。主に、おなかが。 ヘリの爆音にも負けないくらいの音をお腹から響かせながら、私はとぼとぼと歩いたのだった。







けたたましく鳴る、備え付けの電話に起こされた翌日。
私は、慌ててソファから飛び起きる。ちなみにベットは梱包されたまま部屋の隅に陳列している。 余計な力を遣うのがめんどくさいのだ。まぁ自分で出来るからといって引っ越し屋のお兄さんの手を断ったのも私なのだけれど。 出来るとはいっても、やってもらった方がいいのにそれを断ったのにはもちろん意味がある。
・・・オプションを付けると引っ越し代金が余計にかさむからだ。 だから本当に荷物を運ぶのみにしてもらったのだ。
・・・・・っと、話が横にずれまくってしまった。気を取り直して、急かす電話まで走る。


「もしもし? さん?」
「はい、そうですが」
「先日お越しいただいた際の面接の結果なのですが、採用とさせていただきますので、まずは本社までお越しください」
「さ、採用・・・!本当ですか!ありがとうございます」
「厳しい審査の枠をくぐられた訳ですから、頑張ってくださいね!」
「はい、レジ打ち得意ですし、頑張ります!」
「レジ打ちは必要ありませんがね。とりあえず、今日の10時に本社の方まで来ていただきます」
「分かりました!・・・・・・・・え、本社?」
「確かにお伝えしました。採用おめでとうございました、では」
「ん?本社って、あっ、ちょっ!・・・・切れた・・・・」



不可解な電話だった。一介のコンビニバイトがなぜお偉いさんのいらっしゃる本社に赴かなくてはいけないのだろうか。
わからない。でももう9時だ。書類を見れば本社はここから40分くらいの所らしい。 今から準備をして出ていけばギリギリでも指定された時間に着くだろう。
疑問は満載だったけれど、でもとりあえず空腹は限界までいっていた。背に腹は代えられぬとはこの事である。 私はくっと顔を上げると急いで服を着替えて、バックを引っ掴んで転がりそうになりながら家を出た。







本社に息を切らしてたどり着くと、出迎えてくれた社員の人が案内をしてくれた。
時間は10時ジャスト、感心だ、と褒めてもらえた。
さらにはわざわざ出迎えてもらえるなんて、なんといい会社なんだろうか、にこにこしていると、その人は微笑ましい物を見るような 目で私を見て、ついてきて、と言った。どこに?と思いながらも頷く。
その人に言われるがままについて行くとある扉の前で社員の人は立ち止まった。



「君の部屋はここだよ。これからよろしく」
「いや、私はコンビニ勤務なんですけど・・・」
「さぁさぁ、中へ入って!」



話を聞いちゃいない。
急かされて中に入ると、窓をバックにこれまた偉そうな人が座っていた。
その人は大げさに立ち上がると、歓迎するよ、ヒーローと言った。
何度も言うけどたかがコンビニアルバイトに歓迎するもなにも・・・、ヒーロー? ヒーロー?HERO?・・・・・ヒーロー? 今なにか聞こえた気がするが。さらりと流されて、流されてしまいそうになったが、私の耳はすんでの所でそれを 拾い上げた。


「ヒーロー、って・・・・?なんですか?」
「なにって、君がヒーローさ。我が社が新しく立ちあげたヒーロー事業部の最初のヒーローは君さ」
「いや、私はコンビニアルバイトを・・・」
「なにを言っているんだ。君はこれからヒーローになるんだ」
「いや、わ、私がヒーロー?!いやいやいやいや、違います、ちょっと誤解ですってば!」
「君を見た時に思ったんだ、ああ、これこそ我が社のヒーローにふさわしいってね!」
「話を聞いてくださいよ・・・!」
「君の見せた能力はきっと人々を救うだろう・・・!」
「能力・・・ってあ!特技ってそれのことだったんですか!!」
「では今日から頑張ってくれたまえ。のちに他のヒーローとの顔合わせもあるだろうしな」



言いたい事だけさっさと言って、頑張れともう一度言って頭を撫でられる。
上司は良い人そうだけどいかんせん、話を聞かぬ。
こんな私にどうしろっていうの・・・うう。途方に暮れる私の手首にはヒーローが必要になった時に鳴ると言うブレスレットの 様なものが括りつけられた。ああ、大丈夫なんだろうか。
ヒーローって私あんまり知らないし、今現時点でだと、・・ええと・・・・何人いるのかも顔もおぼろげにしか知らないんだけど。 田舎者と言われてもその通りだしなぁ。 それと・・・、


「時給聞くの忘れた・・・・まかないついてるといいなぁ」







そうして落ちついている間もなく、その衝撃的な事を聞いたその日の夕方、さっそくそのブレスレットはCALLの文字をうつした。
慌てて、本社に行けばなんでここに、早く現場へ行け!と言われ、もたもた変身して、もたもた現場に向かおうとしたら、昼間に会った 案内してくれた人が(聞けばマネージャーらしい)見ていられない!とヘリを飛ばしてくれたのだった。
・・・・・・・・しかし、なぜこんな高い所に置いてきぼりにした。風が、風が冷たい。吹きっ晒しのビルの屋上に。



「もうううう!!マネージャーッ!」



頑張れ!目立ってスポンサーを唸らせてみるんだ!君なら出来る☆なんて華麗にウインクをしてヘリと共に去る彼を見送りながら、 ・・・・・まぁ私の長い長い4日間の回想は終わる訳だが。というか、もう4って数字からして縁起悪い。


・・・・っていうか私の特技、もといNEXTの能力ってスプーン曲げなんですけど。
宴会には呼ばれてもヒーローにはお呼ばれしないのじゃないだろうか、なんて私の心中は決して図られる事はなかったのだった。








正義の星はいずこ ☆01