「能力または特技はなんですか」


そう聞かれた時にスプーン曲げと答えたのは、自身のNEXTとしての能力が微々たるものだと言う事が分かっていたからだ。 私の能力は念動力、つまりサイコキネシスなんだけれどそこまですごい能力はない。
だから日常でも重い荷物を持つ時にほんの少し浮かせたり、耳かきとったり、スプーンを曲げたりとか、そういうことくらいしか 出来ない能力だった。
あまり攻撃性はない私の能力だけれど、一体全体会社は何を考えて私をヒーローにしたんだろうか。 しかし状況は依然として変わらず、私はそこから動く事も出来ず、立ちすくんでいた。



「それにこの格好・・・ヒーローって言えるのかな・・・」



変身しろとマネージャーから渡されたのは、猫の頭部のみの着ぐるみ(これはきっと周りにバレないようにと配慮してくれたんだろう) と下はシンプルなドレスだった。腰周りのゆるやかなドレープが優雅で美しい・・・・なんてどうでもよくて!
これはなんなんだ、動物好きにニーズがあるのか!?というか、これで戦うのか?!一体どうしろっていうんだ、とマネージャーに 心の中で叫び、身体を揺らすと、なんだか後方に身体の動きと共に揺れるものが付いていた。ゆらゆら、ゆらゆら。



「ぎゃあああ、しっぽ!しっぽまでついてるぅぅ!!」



ほんとに誰に得があるんだ!!と問いかけたくなるような微妙に恥ずかしい格好である事に気が付いて、私は悶絶した。
これは誰にも素顔を知られてはいけない・・!ヒーローとは常に素顔は仮面の下なのが好ましい!! 私は猫の頭をぎゅっと触って、抜けないようにと念を送った。
すると突如上の方から声が聞こえた。見ればヘリがこちらへ向かって飛んでいる。 この街はヘリがよく飛ぶなぁ、と一瞬我に返ってぼーっと見上げた。その時だった、



『さて、今夜も始まりましたHERO TV!!犯人は銀行から車で逃走中!』
「・・・へっ!はっ?!」
『ヒーローたちがそれを追いかけている模様です!』



ふ、と階下を見下ろせば、私がいるビルの前の通りを異常な速度で突っ走る車が見えた。
その後を車だか、バイクかなんだかが追いかけている様だ。・・・そういえばマネージャーがここまで連れてくる途中に、 とりあえずTVに映ればいい!とか言っていた気がするが・・・こんな恰好で頭悪い奴とか思われないだろうか。 私だったらこんな女が助けに来たぞ!とか来た時点で丁重にお断りするに違いない。
そして不用意に下を見てしまったせいで、くらり、とめまいがした。
踏みとどまろうとしたけれど、猫の着ぐるみは重くて踏みとどまれない。私、つくづくヒーローには向いてないと思う。 人選を間違えたんじゃないだろうか・・・だってヒーローが高所恐怖症だなんて。ビルから落ちて死ぬヒーローって・・・。



「わたし・・・高い所だ、め・・・・!」



落ちた、と思った。実際何メートルかは風を切る自身を感じたので、落ちたのだと思う。
しかし、そのスピードはいきなり止まり、なにかが自分を抱えているような感触さえし出した。 ぎゅっと瞑った目は開けられない、怖い、怖すぎる。高いし怖いし、でもヒーローだし、とぎゅっと掴んだ ドレスの裾はきっと皺になっているだろう。
しかし私の耳に届いた声は、それらをかき消してくれるような安心感を確かに感じさせたのだ。



「大丈夫か!おい!」
『おおっとワイルドタイガー!突然ハンドレットパワーを使ってジャーーーンプッ!あれは・・・誰でしょうか?!』
「・・・・・・・・・・だ、大丈夫じゃ・・・高い・・・うう・・・怖い・・・」
「なんとか無事だったみたいだな・・・!」
「う、・・・は!い、生きてる・・・?!私生きてます?!」
「ああ、お前は生きてるよ。ったく、高い所が嫌いなくせに登るなんて」
「その通りだと・・・あ、ありがとうございます、ええと、」
「ワイルドタイガーだ」
「あ、知ってます、さっきマネージャーが・・・ベテランの・・えーと正義の壊し屋?でしたっけ」
「うっ・・・!こ、壊すのは助けるためで・・・!」



焦った様にそう言うヒーローは、微笑ましくて、ついつい笑ってしまう。
まぁ笑った所でお互い表情は見えていないのだけれど。



『んんっ?!ワイルドタイガ―が抱えているのはどうやら人の様です!おめでとうワイルドタイガー初ポイントです!』
「えっ、ポイント!?ポイント・・・初めて入った・・・」
「よ・・・良かったですね?」
『ワイルドタイガーが抱えているのは今日デビューとなるザクインハーツ社のニューヒーロー、アリスキャットの様です』
「お前、ヒーローか。ありすきゃっとぉ?・・・猫?」
「・・・猫ですね。私も初めて聞きました、ヒーローネーム・・・そのままじゃないですか・・・」
「だからそんな格好な訳か」
「そうですね・・・これ大分恥ずかしいですよ・・・」



空中に浮いていた時間は結構なものだったけれど、無事地面に着けば、ようやく手の感覚と足の感覚が戻って来た。
こわばっていた表情も動くようになった。いや、私の表情はいつだって猫の着ぐるみのせいで表へ出る事はないけど。 ほっと、したのもつかの間、どうやら逃走中の犯人たちの車がこの道路を全速力で走らせてくるのが見えた。



「あぶねっ!」
「ひゃ、ちょ、なんで地面に降りれたのに・・・!また飛ぶんです?!」
「だってお前もいるしあいつら突っ込んできたら危ねぇだろうが!ジャンプして通り過ぎるのを待つんだよ」
「だ、だからってこんなに飛ばなくても・・ああ、くらくらする・・・・」
「お前、なんで高い所苦手なくせにヒーローなんかになったんだよ・・・」
「それはふかーい事情が・・・!」



再び豆粒と化した人や車を下に見てしまい、めまいがする。
きゅっとしがみつけば、頼もしげに光る淡い青が目の端に捉えられる事が出来た。 ただし本当に薄めである、大きく見開いてしまえば、きっと下の景色も見えてしまうに違いないのだし。



「でもワイルドタイガ―さん、犯人つかまえなくていいんですか?」
「あっ!あー。でもまぁお前もいるし・・・まぁバニーちゃんがひっつかまえるだろ」
「バニーちゃん?それまた可愛い感じの・・・」
「俺とペア組んでる奴だ。可愛いなんて言ってみろ、多分お前の猫頭、粉砕されるぞ」
「こっ、こわ!そんな方なんですか?!」




私の中でうさ耳を付けたかわいい女の子が、私の頭部を蹴り飛ばしている所を想像してしまい、思わず震えた。 いや、女って怖いよね、怒らせちゃ駄目だ。もしバニーちゃんに会ったら美しいですね、と褒め言葉を言おう、 そう思う。間違っても可愛いはNGだ。そう心に刻む。

そんな事を空中で思っていると、私を抱いていたその手がわたわたと焦り出す。 今まで頼もしい力強い腕で高所が苦手な私でも少し安心感を抱くくらいだったのに、一体全体 どうしたと言うのだろうか。目はまぁ・・・開けられないので、声で確認し、聞いてみる。



「な、なんです?!どうかしました?」
「やべぇ、5分経っちまう・・・!お、お前一応ヒーローなんだろ?!能力は?」
「へ?わ、私の能力?!」
「ああ、俺の能力は5分しか持たないんだ・・・」
「え・・・あ、あと何秒持つんです?」
「10秒」
「げ」
「あ、切れた。マズイ」
「いやいやいあいやあああ、マズイなんてもんじゃないですって!」
「だからお前の能力使えって!」
「ぎゃああああああああああああ!!!!だって私の能力っ・・・ショボサイコキネシスですもんんん!!!」
「サイコキネシスぅ?!おい、・・・・・っ!落ちつけ、怖くない!」
「や、ちょ、ほんと私高い所無理なんです・・・・・!」
「くっ・・・・」
『おーっとタイガ―のハンドレットパワーが切れた様です!アリスキャットと共に落下ァ!』
「もういやぁああああ!!」
「お前なら出来る、やれるはずだ、アリスキャット!」





彼の声が私に届くと同時にくるくると2人落下していくのを感じる。怖くて、怖くて。 ああ、コンビニアルバイトであったのならこんなことにはならなかったに違いないのに、なんて思ってしまい、 走馬灯が私の頭をくるくると回る。
いや、でもこのまま2人落ちたら、私を助けてくれたワイルドタイガーさんまで死んでしまう事になる。 それだけは嫌だ。私はぎゅっとタイガーさんの身体にしがみついた。 そろりと瞼を上げてみれば、地面まであと数メートル。一瞬なら、一瞬でも。

ぎゅっと目をつぶり神経を集中させる。重い物であれば重いほど、サイコキネシスは難しい。ましてや人間2人と なると私の能力ではほぼ限界に近い・・・でもここで終わる訳にはいかない。











『おーーーーーーーっ!すんでの所でアリスキャット能力発動!ワイルドタイガ―と共に地上に無事帰還です』
「・・・・・やった?」
「・・・・・ああやったな。やりゃ出来んじゃ、ってちょっと?!」
「・・・・・・すみません、ちょっと、」
『アリスキャットに100ポイントォ!これは先ほどの借りを返したとでもいうのでしょうか』



あと地面まで2メートルもない所まで来て私たちの身体は私のショボサイコキネシスによって、一瞬止まった。
一瞬止まった事によって、速度が落ちて地面に激突は避けられた。その一瞬を逃さずにワイルドタイガーさんは 道路に着地をした。
しかし今までスプーン曲げしかしてなかった私にとっては、かなりの力を使ってしまった。元々体力なんてコンビニアルバイト程度 しかない。ヒーローって・・・・助けるどころか、自分の事で精一杯過ぎた。彼の心配そうな声が遠くの方で聞こえた気がしたけれど、 もう、疲れて、もう無理。なんて呟いて、私は彼の腕の中で意識を失ったのだった。












正義の星はいずこ ☆02