「お腹・・・すいた・・・・」




給料が振り込まれるのは25日らしい。
給料日まで、まだ日はあるけれど依然としてまぁ、お金はない。
コンビニアルバイトのはずがヒーローというすんごい職業に運良く・・・いや、悪い? いや、人を救う仕事だし、良い仕事のはずだ、なんて自分で自分を納得させて就いてしまった私は、 相変わらず空腹に悩まされていた。
しかもヒーローってのは見かけ通り、体力勝負、お腹がすかないはずないのである。 特に能力を使った後はへろへろで、さらにいつもの倍お腹がすく。 初めてHERO TVに出た後マネージャーに家まで送ってもらってへろへろでソファーへなだれ込んだのはまだ記憶に新しい。




きゅうりをかじり、それからもやしを塩で炒めたおかずを食べた後、私は昼からこの街を見てみる事にした。
そういえば越してきてからスーパーとマンションの往復くらいしかしていない。
うん、ちょっと見物でもするかな。と、思ったのである。この上なく軽い気持ちで。









天気は最高に良くて、春の風が心地よく頬を撫でていく。
るんるんとした心持ちで、街を歩く。公園でのどかに遊ぶ親子連れや、カップルを見ながらのんびりと歩く。 公園の噴水が涼やかな気持ちにさせる。それにしてもでっかい噴水だなぁ・・・日本でこんだけでっかいのって、 その辺の公園にはなかったよなぁ、なんて故郷に想いを馳せつつ、ベンチで一休みする。




「ん〜!っ、流れてっちゃったよ、ままぁ〜」
「もう、あんな所にいっちゃったら無理よ、諦めなさい」
「・・・?」




風に乗って運ばれてきた会話を耳が拾う。
どうやら大きな噴水の真ん中に紙で出来たボートが流れて行ってしまったらしく、取れなくなっている様だ。 確かに少年の腕を限界に伸ばしても、到底取れない距離で、お母さんもやれやらといった感じで少年の手を引いて 去ろうとしている。
その少年の顔がとても悲しそうで、私はついベンチを立って噴水の傍の2人の所まで歩いた。




「あの、・・・・・」
「・・・?」
「・・・・わっ、僕のボート、こっちに流れて来たよ〜!」
「あなた・・・・・、」
「あっ、えっと私・・・」
「行くわよ、」
「お姉ちゃん、ありがと〜!」




ばいばいと手を大きく振ってくれる少年に比べて、お母さんの方は微妙な曇り顔だ。
きっとこのNEXTの能力を恐れているのだと思う。NEXTはヒーローでもあるけど、犯罪者になる場合だって ある。現にこの街の犯罪はNEXTが関わっている事が結構ある。

だからお母さんの反応も正しいんだろうけど、やっぱりこっちも微妙な気持ちだ。
ボートを動かした事によってお腹もさらにすいた。もともと昼食がきゅうりともやしという時点で普通の人間のカロリー摂取量から は程遠いのだし。今動ける事がほんと奇跡、ほんとに。よく私頑張ったと思う。
とぼとぼとベンチへ戻る。あああ、一休みのつもりが逆に疲れた。 今日の所はひとつ人助けもしたしマンションに戻ろうかな、なんて立ちあがって公園の出口へ向かおうと立ちあがって歩き出した瞬間 、



「っ、・・・・!!」



立ちあがって数歩の所で石につまずいて倒れそうになる。
というか倒れた、確実に前のめりになっているのをスローモーションで感じたから。 ふらふらな足では踏ん張る事も出来なさそうだ、やっぱきゅうりともやしは何度も言うけど駄目だわ。 ちゃんとしたもん食べないと・・・ああ、



「ぶっ・・・わっ!ぎゃ、」
「?」
「す、すみま、・・・・せん!!」
「いえ、」



前のめりに倒れた身体はそのまま前を通り過ぎようとしていた人のジャケットにダイブする形になった。
思わず息が出来ずに不格好な形になってしまった。いや、でも地面にダイブするよりはずっといい。 助かった、お礼を言わなくては、と顔を上げて、その人と目が合った瞬間、思いっきり叫んでしまった。
しかも謝り途中だったせいで、無駄に後半強調されちゃったけど。



「ば、ばば、バーナビーさん?!」
「転ばないように気を付けてくださいね、ほら、」
「あ、そのありがとうございました・・・危ない所を」
「怪我がなくてなによりですよ」
「はい・・・」



なんか無駄にキラキラキラッとしていて、あれ、前に会った時と少しイメージが違う?なんて首を傾げたけれど、 その違和感は良く分からない。なんでだろう、・・・何が違う?
前に会った時も確かにキラキッとはしていたけどなぁ・・・。 ・・・・・・・・・って、



「ぎゃっっ!!!!!」
「?!、どうかしましたか?」
「いや、なんでもないです!す・・・ご、ごめんなさい!」
「・・・・?」



差し出してくれた手から思わず手を離して、半歩後ずさる。
私、あの時は頭部猫着ぐるみ着てたから、私の顔をバーナビーさんは知らないんだった・・・!
あの恥ずかしいヒーロースーツの中身、ってか正体を知られたくないから名前も言ってないし、 もちろん顔も見せてない!
ああーだからなんか変な感じしたんだ。なるほど・・今私の前にいるのは、 この前見た眉間のしわなどは全て仕舞い込んだキラキラヒーローの顔をしたバーナビーさんだ。
このままここにいたら不審がられるに違いない、早くこの場を去らなくては・・・!

本当にありがとうございました、なんてもう一度言って くるりとまだゆらりと不安定に揺れる身体を叱咤して足を動かそうとする。 が、まわれ右をした私の手首を掴む手がある。
一歩踏み出したはずが、反動で元の場所へ戻り、彼の胸にぽすりと頭が当たる。私は空腹でくらくらする頭を必死で働かせながら、 上を向き、バーナビーさんの視線と合わせ、少し腑に落ちない顔で思案しているのを見つめる。
数秒の間の後、私は一向に動きがないバーナビーさんへ向けて口を開いた。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あのー、」
「・・・え、あ、ああ。なんでもないんです」
「そう、ですか?ははは、じゃ、すみません、失礼しま、」
「・・・・やっぱりその”すみません”は癖ですか?止めてくださいって言ったのに」
「へ、・・・・・・・は?!えっ、え、え、あのバーナビーさん?もしかし、」
「やっぱりそうでしたか。貴方ですね、”アリスキャット”」
「え、あの知って・・・?!」



焦って身体をバーナビーさんの方へ方向転換して問いかければ、少し微笑んだバーナビーさんは、途中で気付きました、と 言った。え、な、何で分かった?におい?身長?思わず腕を自身の鼻に近づけてにおいを嗅いでしまう。
そんな別に変なにおいもしないし・・・・はっ!さてはバーナビーさんのハンドレットパワーで嗅覚が・・・?!



「変な事考えているようなので言いますけど、普通に声ですからね、声」
「あ、ああ!そうでしたか、で、ですよねぇ」
「はぁ、貴方はヒーロースーツじゃなくても危なっかしいですね」
「・・えへ。」
「誤魔化しても無駄です。オフの時はちゃんとトレーニングもしないといざって言う時困る事になりますよ」
「・・・今度またトレーニングジムにも顔出すようにします」
「是非そうしてください。くれぐれもおじさんを見習ったりしないように」
「はい・・・」



人気者でさらに顔出しもしているバーナビーさんがこんな小娘と話をしているということで、結構周りの注目を浴びている。 でもそれも気に留めずにバーナビーさんは、話を続ける。
何故こんなところで説教を受けるのだろうと思いながらも、バーナビーさんは私の事を思って言ってくれているんだよな。 と思って、運動不足な最近の生活を振り返ってみる。 まず食生活は・・・きゅうりともやしで×、生活態度も・・・夜更かししたりするし×、運動もほとんどしないし×・・・・結構っていうか全部ダメダメだな・・・。
給料入ったらきっと肉とかも食べられるようになるよね・・・!めざせ25日、とりあえず25日まではきゅうりともやし生活 だけど、それからはきちんとした食生活を送る様にしよう!しかし肉とか考えてたらお腹がまた一段とすいたなぁ・・・。



「私、頑張ります!」
「そうですね、とりあえず転ばないように頑張ってください」
「はい!・・・・・っ!」
「・・・・・・空腹なんですか」
「えーと、・・・・・まぁそうですね、はい」



決意も新たにした所で、では!と去ろうとした瞬間の大きなお腹の音。響き渡るお腹の音。
恥ずかしい事この上なくて、バーナビーさんも驚いた顔をしている、がそれもすぐにその表情も隠されて、問いを投げかけてくる。 そんな事をいっても、お腹すいてるとしか言えないんだけどね、ほんとね、ごはんって大事だよね。 お腹を押さえて自分で食生活の侘しさに頷いていると、上から思いがけない声が振って来た。



「行きましょうか、僕もちょうどお昼まだですし」
「・・・へ。え?わ、わたしとですか?!」
「はぁ・・・貴方以外に誰がいるんです。無理にとは言いませんけど」
「いえ!あの、じゃあご一緒します」
「そうですか」


バーナビーさんはそれだけそっけなく言うと、公園の出口へと足を向けた。
ぼーっとしているとなにをしてるんです?と振り返ってこっちを見てくれる。 慌てて近寄れば、また前を向いて歩いて行ってしまうけれど、歩幅はきちんとこっちに合わせてくれている。
分かりにくいけど、この人も優しい人なんだなぁ、と感じてつい笑顔になってしまう。 良かった、バーナビーさんも鏑木さんも良い人で、それで良い先輩で・・・!2人みたいなヒーローになれればいいなぁ。
そんな事を思ってから、先に行ってしまいそうになるバーナビーさんの横に並ぶべく私は駆け足で彼へと駆け寄ったのだった。


「走らない!また転びますよ」
「す、すみません・・・」


・・・・・また怒られた。














正義の星はいずこ ☆04
「コーヒー、それとこのサンドウィッチを。貴方はどうするんです?」
「(持ち合わせ・・・・ってかお金ない・・・・)」
「はぁ・・・・ここは奢りますよ」
「あ、あの!給料入ったら絶対返します!すみません」
「誘ったのはこちらですから、気になさらずに」
「・・・え、」
「だから好きなものを頼んでください」
「ほ、・・・・・・・・本当に?!いい、いいんですか!!」
「ええ」
「じゃあ、・・・・えっとカツ丼!」
「・・・・・」
「いやぁ、お肉なんて久しぶりで・・へへ、楽しみです」
「・・・・・貴方って人は、本当に予測を軽々と越えますね・・・」
「え?」