『おおおおっ、これはアリスキャット大ピンチかぁあ?!!』


ピンチなんて跳ね返してみせますよ、なんて彼の様に涼やかに答えれたら良かったのだけれど。
いかんせんそれには私はまだまだ早すぎたようだ。言いかえるのならば、 ええ、まぁ、ピンチなんていつでも感じてますけどね、だろうなぁ。














「現実逃避してる場合ですか!目、開けてください目!!」
「そ、そんな事言ったって、む、無理・・こわ、む・・・怖い・・・」
「高い所無理な奴に任せるのが間違いってもんだろ、ほら、俺に掴まっておけって」
「う、タイガ―さん!ありがとうございます、」
「ほら、バニー、」
「まったく・・・。自分の高所恐怖症を治すって言って張り切ってたのはアリス自身でしょう?」
「まさか始めっからこんな飛ばすなんて思わなかったんですよ!!!!!」
「これくらいした方がショック療法的なあれこれでいいかなって思ったんですよ!!」
「まぁまぁ、2人ともそんな喧嘩すんなって!特にアリス、お前性格変わってんぞ〜」


空の上では誰だって性格が変わると思う。だって、仕方ない。情けないほどに私は高い所が嫌いだ。
それこそ上空にいっただけで、涙で目が潤むくらいには怖い。 それでも今このヒーローTV中は、猫の着ぐるみのおかげでその涙は誰にも見られていないんだけど、それでも いい歳した大人が泣くなんて、みっともなくて情けない。
どうにか治したいんだと言って2人に相談してみた。・・・・・・・・・が、最後だった。


「よーし行くぞ、おい、スカイハイ!!」
「了解!!上空は天気良好!任せてくれ!」
「ま、任せないで!!!!いや、」
「そーれ!!!」


待って、と言うまで、声は出てくれなくて、その前に私は虎徹さんの腕からほーいっといともたやすく投げ放たれた。
優しくもう、上空に行く事はないだろうと感じさせてくれたその手のぬくもりは私の身体のもうどこにもない。 おそろしい風圧を感じながら、スピードはまったくもって緩まらない。
いやぁああああああああ、と自分でも酷いくらい可愛くない悲鳴を出しながら、私は上がっていく。


まぁ、何をしているかと言えば、私の高所恐怖症の克服である。ちなみに二回目。
下にいる2人にハンドレットパワーで投げてもらい、上空でスカイハイさんにキャッチしてもらって、高い所に慣れよう! (という虎徹さん提案の恐怖症治し)である。
ちなみに地上へ戻るには、スカイハイさんが手を離すと言う、 重力頼みの落下だ。そして、下の2人がキャッチ。
・・・・・・・・・・・恐ろしく能力の無駄遣いだ、と思いつつも自分から相談した手前、断る事も出来ず、それでいて、いざというところで 躊躇してしまうのはまったくもって情けない所ではあるのだが。







「死ぬ、・・・かと・・・・・・・・ほんとうに」
「おい、言葉が単語になってるぞ、大丈夫かぁー?」
「だいじょうぶにみえま、す?」
「まぁ、でも最後の方はあまり叫ばなくなってきてましたし、改善には向かっているんじゃないですか?」
「良かったとても良かった!私も、協力した甲斐があったというものだ」
「・・・・・・・・・ありがとうございまし、た」



上空からスカイハイさんが私を落として、それをキャッチした虎徹さんが、私の様子を伺うが、 私は依然として死んだ目をしていた。
しょうがない・・・こればっかりは・・・とか思いつつもヒーローとしてやっていくなら高所恐怖症は 克服したほうが良いに違いない。ヘボサイコキネシスだと、やっぱりどうあっても不安定な所は否めないし、 高い所だとさらに安定しない。
自分の身体を支えるので精一杯になってしまうし、下手すると能力が使えないなんてパニックに陥る可能性もある。 色々考えた結果だったのだけれど、急には克服は無理そうだ、と私は力なくお礼を言い、頭を下げた。














なんて事を遠い目で考えた。そして冒頭へ戻る。バーナビーさんの現実逃避している場合ですか!!が強く 耳に残っているけれど、この状況はマズイ、マズすぎるのだ。主に高所的な意味で!!激しく危険だ!!

『アリスキャット、1人犯人と向き合っております・・・んんん??なんだか様子がおかしいぞ!』

様子おかしいってなんでか知ってんだろ!私が高所恐怖症だって事!と叫んでしまいそうだが、多分あえて犯人がいる前でそれは言わずに いておこうという、優しさなのだろう。どっちにしても、足がすくむ事は変わらない事実なのだけど。
今現在私がいるところは、悲しいかな、懐かしの私がヒーローデビューした時の屋上の端のフェンスの外。
左を向いたら、地面が遙か下に見えると言う最凶のロケーション。
しかもマズイことに犯人が逆上してきて刃向かってきているという最悪な状況なのだ。
ああ、三十苦とはこのことか、なんて 現実逃避したくなっちゃうほどの苦痛っぷりだ。




「ちょっと大人しく・・・・!」
「死んでたまるもんかーー!!逃げる!!俺は逃げる!!逃げ切るんだ!」
「だから殺さないって、むしろ私が死にそう!落ちついてよ!!」




サイコキネシスで少し犯人の身体を押さえる事は出来ても、拘束までは出来そうにないこの能力が酷くもどかしい。
緩く押さえる事しかできないし、そして押さえていると他の動作が出来ない。 能力はいつもいっこの事だけ。
フォークナイフ投げる時は少し方向を変えるだけだからまだ複数扱えるけど、 人間となれば別だ。重いしでかいし、そういったものはやっぱり難しい。




「うう、もう、ちょっとは大人しくして!!」
「そんな事出来る訳ないだろ!俺は逃げる!!」
「罪償ってから逃げてください!!」
『おっと言い合いを始めた!このままで大丈夫か〜!未だ他のヒーローの姿は見えません。アリスキャットポイント獲得のチャンスだっ!』




都合のいい事を言っている実況中継の人がそういうけれど、私はポイントどころの騒ぎじゃない。
押し問答が続くけれど、犯人の気は納まらない。 唯一ともいえるこの最弱のヒーローだけが、彼を追いつめているのだから、犯人が落ちつかないのも仕方ない。
早く誰か来てー!!と心の中で涙している自分がいる。少し離れたこのエリアに一番最後まで逃げ回っていた犯人が くるだなんてヒーロー誰もが思ってはいなかったのだろう。・・・・もちろん私が一番想定していなかった事態だ。




「≪もう少し頑張ってアリスキャット。うん、良い視聴率の伸びね≫」
「ううう、アニエスさん!!早く、早く〜!能力的に限界です」
「≪ここが高い所じゃなかったらポイントも入ったのに。ええ、今スカイハイを向かわせてるから≫」
「アニエスさん、大体スカイハイさんを使いますよね」
「≪その組み合わせ、視聴率が一番伸びるの≫」
「・・・・そうなんですね・・・・まぁでも助けがくるなら有難いで、」
「アリス!」
「≪あら、別に指示出した訳じゃないけど、一番に到着したのね。視聴率的には2番手だけど、まぁいいわ≫」
「あれ、バーナビーさん?スカイハイさんじゃなかったんですね」
「なんですかそれ、僕じゃ御不満だとでも?まったく、こんなところで貴女は・・・・!!」

私はスカイハイさんが来るものとばかり思っていたので、つい驚いてそんな事を言ってしまったのだけれど、 それがバーナビーさんの機嫌を損ねるのには十分だったみたいだ。 若干説教っぽいものを始めようとするバーナビーさんだったけれど、それは犯人によって遮られる。




「うわぁあああ、バーナビー!!!!」
「・・・ちゃっちゃと行きますよ」
「・・・人気者はつらいですね」
『ここで、今人気ぐんぐん上昇中のバーナビーの登場!さすがヒーロー!いつだってピンチには駆けつける!タイガ―はどうした?!』




向き合って細いところで戦う彼らを見ているだけというのはとても情けないという気持ちを心に落とすには 十分だった。だけれど今ここで私が動いたりしたら、きっとバーナビーさんの邪魔になる。 そう考えて私は犯人の状態を伝えて、そっと後ろへ下がった。
勢いよく蹴りを入れるバーナビーさんに犯人も冷や汗だらだらだ。だが、犯人の方もそれなりに格闘技が出来るらしく、私が 能力で動きを鈍くしている状態でも、その蹴りに応戦しようとしている。 いや、でもバーナビーさんの方が優勢かと思われたその時だった。

バーナビーさんを包んでいた青い光が消えた。そうだ、ハンドレットパワーは5分しか持たない。 ここに来るまでで少し消費していた分、足りなかったのだろう。
その異常に気が付いた犯人の拳が鋭く早くなる。普通の身体同士になれば、この犯人は強い。武器がなくても本人が強い というのは、能力を失ったヒーローにとってはかなりつらい。




「あれ、あれあれあれ?おしまいか?」
「く、」
「後ろにいる奴を庇っても無駄だ。そいつの能力がさっきからうっとおしくて堪らないんだよっ!!」




これで終わりだとばかりに繰り出す拳が、バーナビーさんの肩をかする。 よろめいたけれど、そこまで致命傷ではなさそうだ。能力で押さえてるとはいっても、この早さ、重さ。 さっきまで取り乱していた姿はどこにもない。
と、拳がもう一度振り被られる。それは私に向けられた・・・・・・・のではなかった。
前に素早く入って来たもう一つの身体に当たった。標的が違ったので、軽くとだが、この狭いフェンス外では バランスが命だ。




「バーナビーさん!!!!!????」
「もう少しでスカイハイが来るでしょう、あなたはそれを待って、」


当たった拳は、バーナビーさんを振りきる様にして戻ってきた。そのまま肘を食らったバーナビさんは 屋上の、というより、言うのもおぞましい事だが、空に投げ出された。




「え・・・・・」




ふらりと傾くその姿がすごくゆっくりとスローモーションに見えた。
けれど落ちているのは確かにバーナビーさんで、遙か下は道路があり、車があり、落ちたら ハンドレットパワーを持たないバーナビーさんでは無事じゃ済まない。
だって、だって、助けられる人はここにはいない、私しかいない 私が助かっても、それでバーナビーさんが怪我をする事は全然良くない、全然嬉しくなんかない!
私は立ち上がって、犯人を押しのけると突然の行動に驚いた犯人は身体を少しずらした。 無我夢中だった、たすけなくちゃ、ただ、それだけを思った。

助走は無理だったけど思いっきり屋上の端を踏みきってバーナビーさんにダイブした。
落ちていく距離はゆっくりに感じられたけれど、バーナビーさんの顔は驚きに染まっていて、対する私は、きっと 恐怖の色で染まっていたに違いない、でもここで、踏み切らなかったら絶対後悔するに決まってる。




『おお、これは果敢なダイブだぁあ!ハンドレットパワーが切れたバーナビーへアリスキャットダイブ!!』
「ちょっ、あなたまで何で!あそこにいてくださいって言ったでしょう!!」
「落ちていくバーナビーさんを見ているだけなんてできないですよ!!!ううううういやあああ怖いいい!!」
「アリス本当に、貴女何やってるんですか・・・・」
『しかしー!抱きついたもののスピードは止まらない!!どうする!どうなるヒーロー!!』
「でも怖がる為にダイブしたんじゃないんですよぉおおお、うううううう!!!」
「叫ぶのか、助けるのか、怖がるのか、どれかにしてくださいよ・・・」




それでもぎゅっとバーナビーさんの腰に手を回すとそれで分かってくれたのか、バーナビーさんは私の名前を呼び、口を閉じた。 信じてくれると言う事だろうか。地面まであと数メートル、いける、頑張れる、私とバーナビーさんの命が掛かっているのだから!
確か1番最初のヒーローTVでも虎徹さんとこうなってしまったし、あの屋上にはつくづく運がない。




ぎゅっと目を瞑って神経を集中させる。
浮け、浮け浮け・・・・・っ!!!!
ふわりと浮かんだのが一瞬。自分の全身を駆け巡るかの様な力は私を青い光に包ませた。 今まで能力を使ってもここまでの力の巡りは感じなかったと言うのに、不思議なものだ。
地面に落ちる寸前で、ふわりと浮いたその身体は、今まで感じなかった感触のものだ。




「浮いたっ!」
「これは・・・・!」
「わっ、わわわわわ!!!」




浮いた事に喜びを感じていると、そのままくるりと一回転してしまう。
落ちついてください、なんて耳元でバーナビーさんの声が聞こえるけれど、これが落ちついていられるか! 今まで1番重いもので、1番長い間浮いたぞ!と考えると嬉しくて堪らない。
しかし気を緩めた一瞬で、3メートルくらいの高さまで来た時にばばっと能力がなくなって、私とバーナビーさんは 地面にどたどたっと落ちた。




『おおーっとアリスキャット、能力発動!ただそのまま空中でくるくる回転しているぞ〜大丈夫か!?・・・あ、落ちましたね。これは痛そうだが、 どうやら2人とも無事なようですねー!』
「やはりまだまだトレーニングが必要みた・・・・」
「ははは、そうみたいですね、すみません。大丈夫ですか?」
「・・・・ええ・・・」
「あ、すみません。どきますね。・・・バーナビーさん?」
「・・・・!え、あ、はい。・・・・・まったく貴女の考えなしな行動には呆れるばかりですよ」




最後はそう吐き捨てたバーナビーさんだったけれど、口元が少し緩んでいて、少しは、ほんの少しは私の能力が 浮いた事を喜んでくれているのだと思うと嬉しかった。
上の方が騒がしくなっていたので、見上げればスカイハイさんが無事華麗に犯人逮捕していた。 いつも通りのありがとう、そしてありがとう!と空中でしている。

それを見て私は視線をバーナビーさんへと戻す。すでにバーナビーさんは立ち上がっていた。
ありがとうございます、とお礼を言うとバーナビーさんは一瞬、年相応のきょとんとした表情になったけれど、 その後、こちらこそどういたしまして、とそっけなく言って「さん、ほら、」と地面に座り込んだままだった私の手を引き立ち上がらせたのだった。







正義の星はいずこ ☆15

「それでですねー浮いたんですよ!!!虎徹さん!!!」
「おう、そうらしいな!!俺も見たかったなぁ、が浮いた所」
「そういえば虎徹さんとも浮きましたよね!」
「そういや、デビューした時一瞬浮いたな。ほんの少し」
「あの、貴方達もう少し静かにランチ出来ないんですか」
「あ、すみません・・・・ちょっと嬉しくて」
「おーし!じゃあ俺ともやってみるか!!」
「いいですね!やりましょうやりましょう!!」
「なっ、にを考えているんですか!!却下です、却下!!」
「何をそんな興奮してんだよ、バニー」
「なんでもありませんよ!別に!」