「ようやく到着ですか」 「よっ、今日も頑張ろうなー」 アニエスさんの企みでイワンくんこと折紙サイクロンとコンビを組んでのヒーローTVは初めての経験だ。 ちんたらちんたら歩く私に合わせていたら日が暮れてしまうので、イワンくんには先に行ってくれと 言ったのだけれど、今日はコンビですからおいて行くわけにはいきません!と言い切ってくれた為、 私とイワンくんはちんたらと走りながら現場まで行く事になった。 イワンくんだけならわりと早く着けるのだけれど、私はこの装備に加えていつも自分が向かうというより、 犯人と鉢合わせしての逮捕となる為、追いかけたりという事はほとんどしない。なので必然的にとろとろという のろい動きになってしまう。 なにか早く動けるような、例えばファイヤーエンブレムさんの様な車とかブルーローズのバイクみたいに 素早く動けるような乗り物があればいいのだけれど。 今度マネージャーに相談してみようかな。あのマネージャーならなんかとんでもない方法を思いつきそうで嫌だけど、 背に腹は代えられない。 ようやく現場に付けば、一番乗りであったのだろう、タイガ―さんとバーナビーさんがこちらに気が付いて 声を掛けてくれた。 「あ、はい!今日もよろしくおねがいします!」 「拙者達も微力ながら頑張る所存!」 「ええ、今日は・・・・紫色のドレスですか。お似合いですね」 「わ、ありがとうございます!」 「本当に、僕の色のドレスを着る日はいつ来るんでしょうかね・・・」 「え?」 「・・・・・・・え、」 「どしたの、バニーちゃん。お口が盛大に滑ってますけど」 「なっ、ち、違いますよ・・・!もし会社命令が出たら組むんだなっていう意味で・・・!」 「あはは、多分、近いうちに着る事になると思いますけどね」 苦笑いしながらそう言えば、一瞬息が止まった様に固まったバーナビーさんにハテナが浮かぶ。なんで そんなに驚いた顔でこちらを見るんだろうか、私、結構回されてるし、きっとお世話になってしまうってことは 良く分かっているはずなのに。逆にコンビを組まずとも私が1番手をわずらわせているのはタイガ―&バーナビーの2人なのだ。 そうしていると転ばない為に、と移動中ずっと握られていた手に少しだけ力を込められて握られたので、 なにかと思ったらイワンくんがこちらを見ていた。 今日は折紙先輩とコンビですからね、折紙先輩に迷惑を掛けないように、と いつもの調子でクールにバーナビーさんが言う横で、タイガ―さんがお前も大人になったんだなぁ、 なんて感慨深く頷いている。なんとなくこの2人がお母さんとお父さんに見えてくる。 小言が五月蠅いのがバーナビーさんで あるが、まぁ、そんな事は口には出さない。出したら最後、氷の様な視線をもらってしまうに違いないから。 イワンくんの様子に首を傾げながらも、バーナビーさんに向き合えば、マスクを上げたその中のいつもの綺麗な 顔が若干赤くなっている。少しは落ちついた様子だったので、先ほどの発言の補足をする。 本当に私が1人で満足のいく仕事ができればいいのだけれど、能力も安定しない私ではどうすることもない。 雇われ社員でもあるのだし。 「バーナビーさんとはアニエスさんが目論んでましたからそのうちお世話になる気がしますけれど・・・・」 「はぁ?・・・・・・・・ああ。・・・・・・はい、そうですね」 「アリス〜・・・、まぁいいけどな。今日は折紙、アリスの事しっかり守るんだぞ」 「はい!が、頑張ります!」 「や、皆さんヒーローがヒーローを守ってどうするんですか・・・」 「≪ちょっと聞いてる?犯人は依然として逃走中!急いで向かって≫」 「あ、アニエスさんが怒ってますよ」 「わ、やべっ」 さっさと行きますよ、とバーナビーさんが駆けだすのを慌てて追いかけていくタイガ―さんを見て、 私たちも頑張らないとなぁなんて思いながら後を追う。 ばっちりと活躍できると嬉しいよね。うん。 にこり、とイワンくんを見れば、イワンくんもそう思っていたようで、こくん、と力強く頷いてくれた。 ☆ 『ヒーロー到着の様です!おおっと大注目のバーナビーだ!おや、珍しく置いてかれていないタイガ―もいますね』 「俺はおまけかよ!!置いて行かれてないってなんだよ!!」 「うるさいですよ、ぎゃいぎゃい騒がないでください」 『いつも通りの掛け合いですねー、さて、犯人はどうでるのか?皆さん、チャンネルはそのままで!』 正面から真っ向勝負な二人は足の早さ、バイクもある為、正面から行った方がつかまえやすいと思ったのだろう。 犯人はビル街を抜けて郊外の倉庫、工場地帯へと足を向けたようだ。 それに比べれば私たちはまだまだ早さも足りず、力も足りない。どっちかっていうと遠距離派なので、 犯人と向き合う二人とは反対側のひとつふたつ離れた倉庫からそっと様子を伺っている状態だ。 「どうします?」 「ん・・・後ろからこっそり確保!とかじゃないと厳しいよね」 「拙者もアリス殿も遠距離攻撃だから・・・」 「折紙さん、せっかくコンビ組んでるんだから、コンビ技でいきましょう!」 「えっ、どうやって・・・・ってわぁ!」 ふわっと浮かんで犯人との距離を詰める。 依然として犯人は目の前のタイガ―&バーナビーに釘付けで私たちには気が付いていない様子。 これは好都合だとばかりに、私は折紙さんの身体に手をさし入れて力を使って浮く。 お姫様だっこと言ってしまえば決して格好はつかないけれど、まぁこの体勢が一番無理なく楽に運べるから、イワンくんには 我慢してもらう。ふわりふわりとドレスが翻り、固いイワンくんの身体が、さらに固く縮こまった気がする。 確かに、高い。怖い。でも怖がっていては犯人は逮捕出来ないし、私のこの足のひっぱり具合を心配して 折紙サイクロンと組ませてくれたアニエスさんにも申し訳ない。・・・まぁ彼女にはそれだけじゃないなにかを感じるけど。視聴率とか視聴率とか。 この前バーナビーさんをなんとか浮かせた事を 思い出しながら、力の制御をする。高い所も怖いし、まだまだ力は安定しない。少しずつ成長していければいいな、と思いつつ、それでは他のヒーローに 置いて行かれてしまう。頑張らなくては、足をひっぱらないように! それに倉庫2個分、とはいっても、倉庫同士の距離は近く、力が弱い私でもなんとか運べなくはない距離だったのが幸いした。 それにビルの様な高さはないのが少し安心だ。万が一落ちたとしても助かる高さだし。頑張れる。頑張れるはず。 「あ、アリス殿?!こ、これは・・・」 「私がこっそり後ろから近づきますから、折紙さんは手裏剣を使って犯人確保ですよ!」 「な、なるほど、上からだったら分からないですよねっ」 「はい!私たちでポイント頂いちゃいましょう!・・・頑張らなくちゃ」 「アリス殿・・・?」 犯人の後ろの倉庫の屋上にそっと降り立てば、丁度犯人がタイガ―さんとバーナビーさんの猛攻によって倉庫の傍まで 逃げてきている様子が目に入って来た。 チャンスだ。 「いきますよ、折紙さん!」 「はい!アリスキャット殿!」 『おーーーーーっ!ここで初お目見え!ファンの皆様お待たせしました!今日はヴァイオレットカラーのドレスのアリスキャット!・・・ん?おおおお! 今日はなんと折紙サイクロンとのタッグの様です、アリスキャットの腕にお姫様だっこだとぉおお!』 「わーーーーーー!それは言わないで欲しいでござるっっ!」 「気にしない!頑張ろ、折紙さんっ」 「うわっ、なんだお前ら!邪魔するんじゃねぇ!!」 「覚悟するでござるよ!今日の拙者達は一味違うでござる!!シュッシュ!」 「なっ、」 イワンくんが放つ手裏剣が犯人を襲う。とは言っても傷を付けないように、ぎりぎりのラインで地面に縫い付けているが。 私もドレープからフォークとナイフを出し、そのまま重力で援護する。よし、これでいけるんじゃないか。 そう思った時にヒーローTVの実況者の声が飛び込んでくる。 『折紙サイクロンの攻撃を見るのは久方ぶりでしょうか!!がっつり犯人の動きを止めています!犯人捕獲200ポイントです!!』 「おおお、やりましたねぇ、折紙さん!」 「アリスキャット殿のおかげでござる!これにて一件落着!」 ふわふわと浮かびつつ、決して派手な演出ではないものの、しっかりと犯人を捕まえる事が出来た私たちは、 喜びの感情でいっぱいにした。少しずつでも立派なヒーローというものに近づいているのではないかな?と 思ってイワンくんと顔を見合わせる。 良かったー、と思いながらそろそろっと地面に降り立つ。着地も安定しているし今日は調子が良いようだ。 この前の様に3メートルの高さから落下とか、あれはあれで必死だったから不格好さに気が付かなかったけれど、今思い出して 見れば、非常に格好悪い着地だった。カッコイイ!と言われる着地や振る舞いをしたいとは心がけているのだが、 なかなかどうして上手くは行かないのが現状だし。まだまだトレーニングしなくちゃなぁ。 『今日の折紙サイクロンは見切れているだけではないようです!格好はアレですが、決めましたねっっ!』 「お前ら、許さねぇぞ・・・・!!」 「ひゃ、ちょっと!・・・うわっ」 「アリス殿!」 終わって喜びを分かち合う暇もなく、倉庫の影からもう1人犯人が飛び出してきた。 まだ残っている犯人がいたらしい。 イワンくんを降ろし、自分もようやく地面に降り立ったときだったので、油断してしまった。 バランスを崩し、横にいたイワンくんもろとも攻撃を受けてしまいそうで、 その犯人からの衝撃に目を瞑ろうとした時、その犯人がいきなり目にも止まらぬ早さで横に消え去った。 え、という私の間抜けな声だけがそこに残る。残光がなにか赤い物であったという認識のみで光って消える。 「まだですよっ!・・・・・・っ!」 「おらっ!覚悟しろよっ!ワイルドに吠え、」 「さぁ、これで最後ですね」 「おいバニー、人の決め台詞遮るんじゃねぇよ!」 「なんですか、おじさん。長すぎて眠くなりそうですよ」 『おっと陰に残党がいたようです、これで本当に事件は解決されたようです、バーナビーに200ポイントォ!』 「や、俺も!俺もポイント入るだろーが!おい無視すんな」 「・・・・よかった、」 「アリス殿?・・・・・・アリス殿っ!?」 「≪ちょっと、アリスキャット!?カメラちょっと切り替えて!一旦CM!何が起こったの、折紙サイクロン!?≫」 「殿!!しっかり・・・しっかりしてくだ・・」 すっと暗くなる意識の中で、私はそれだけを考えていた。 頑張らなくちゃ、とそればかりが私を支える唯一の思考になる。 それは熱中症の様にじりじりと私を追いつめていたようだ。 緊張の糸がほぐれたのか、足が言う事を聞かなくて、へたりこんでしまった。身体の力が抜けていくようだ。 イワンくんの声が反響しては消えていく。 足をひっぱらずに、ヒーローTVを終える事が出来た安堵感でいっぱいであったこともそうだし、 自分が気張りすぎていたのかもしれない。 張りつめていたものがぷつん、と切れた様で、誰かに呼ばれ、そしてなにか暖かいものが包んだような気がしたけれど、 それさえも気のせいかも、と思ってしまうほどに、私は深い意識の底へと沈んで行ったのだった。 正義の星はいずこ ☆16 |