部活の休憩時間などに体育館から外へ出ると、静かに本を読む姿をたびたび見かけていた。 部活が終了してからもそこに座ったまま、もくもくと読み続けていることもあった。 暗い中なんて読めないとも思うのだけれど、暗くなったら暗くなったで体育館の前の花壇で なにやら土いじりや水やりをしたりしていて、清水先輩が声を掛けるなんてこともしばしばあった。 清水先輩とは知り合いなのか顔を上げて話し返していたので、たぶん3年生、だろうか。 ・・・先輩か、確かに同学年のクラスでは見ない顔だ。 ここにいるのは委員会の仕事でいることももちろんだが、清水先輩の帰りを待っているということもあるらしい。 ホースから出る大量の水が光を浴びてキラキラ光って落ちていくのが眩しくて仕方がなかった。 いる時もあれば、いない時もあるけれど、何度か同じ場所で見かけるのでそれとなく気にはしていた。 大人しい横顔しか見たことはなかったけれど、本を読みながらヘッドフォンをしており音楽を聴いている スタイルが多かった。彼女がいる体育館の花壇前は、美しく手入れされており、いきいきと花たちが 咲き誇っていた。 そこにあるベンチに腰掛けている彼女の周りだけは静かで、彼女だけの空間を作り上げているように見えた。 騒がしい体育館との喧騒とは違い彼女の周りはなにか、清いようなそんな独特の空気感があったからだ。そういう意味では清水先輩と同じなのかもしれない。 その時ふと彼女が目線を上げた。明け放している体育館の中では3年の先輩たちがゆるくボールを触っている。 それが視界に入ったのか彼女はゆっくりと口の端を上げて微笑んだ。 本を読んでいる時のほとんど表情の浮かばない彼女ばかりを見ていたので、少し動揺した。 ・・少しだけだけど。 「・・・・・・・っ」 「ツッキー、呼ばれてる!休憩終わりだよ!」 「分かってる」 どんな本を読んでいるのか、何を聞いているのか、体育館の中の誰を見て微笑んだのか、別に気にはしてないけど、 なんだか少しだけ目に入る存在だった。 * 「そっちいったぞー!!」 「・・・・・・おっしゃーっ!」 「はいはいはい!おれ、いく!」 「てめぇ、どこ飛ばしてんだっ!さっさとひろってこい!!」 「うぅ〜〜〜」 大きく外したボールはそのまま体育館の扉を抜けて外へ出ていってしまう。 そのまま飛ばしてしまった日向に早く取りにいってこいボケェ!と王様がその背中に怒号を飛ばす。この2人は本当に煩くて、暑苦しい。 そんな日向を、ふ、と鼻で笑ってやればくっそー!とひときわ大きな声を出して、ボールを取りに体育館を出ていく。まぁ、いつものことだ。しかしここからがいつもと少し違った。 ボールを取りに行った先で会話が聞こえてきたのだ。 「あっ、すみません!」 「〜〜〜〜〜」 「いえ!ありがとうございます、ハイ!」 声だけは大きい為に、体育館の中まで響いてくる。ふと目をやれば、日向が誰かと喋っている。 ・・・・・・・・あの人だ。 日向の声しか聞こえてはこないけれど、彼女が本を閉じてヘッドフォンをはずして話している。 いつも同じような姿勢の彼女しか見てこなかった為に、変な感じがする。そして視界に入っていた自分ではなくて日向の方が先に話すというのにも少しムカつく。 何がそんなに自分を苛立たせているのか良く分からないけど、先に見つけた宝を横から取られた、といったところだろうか。なんとなく気に食わない。 とりあえず日向が戻ってきたらがっつり苛めてやろうなんて思った。 「ぎゃー!もーなんだよ、おい!!」 「ハァ?鍛えてあげてるんデショ」 「ツッキー!?どうしたの?機嫌悪いの?ツッキー!」 「こいつが機嫌悪いのなんていつもだろ」 「五月蠅い。黙れ」 「そーだそーだ!」 「山口も」 「ご、ごめんねツッキー!」 * 季節も大分暖かくなってきて、部活をやっているときは汗ばむ陽気になってきた。 過ごしやすくはなったけれど運動をすると暑くはなる。 体育館を明け放して練習をする。そのため視線をやれば彼女が座っているところが少しだけ見える。 今日はいるな、と毎度の確認作業的なものをしてしまうのが日課と化してしまっているのにほんの 少しだけイラつくものの、そのイラつきが何故来るのかは理解したくはない。 彼女に変に幻想を抱いたりするのも、なんとなく自分がまだまだ青い気がして不愉快な気持ちにもなる。 苛立ちと好意の狭間で揺れている自分が一番腹が立つことだけは分かるのだが。 苛立ち紛れにサーブを放つ。思いのほか力を入れ過ぎたようで思いっきり遠くへ飛んでいく。 と、体育館の扉の前に人影が見えた。ギュィンと吸い込まれていくボールにあ、と思った時にはもう遅かった。クリティカル☆ヒットである。 明るく言ってもこの始末である。 バシッと強い音がしていつも通りのその人の頭にドンピシャで当たり、彼女はそのままボールの勢いのままに横に倒れる。 しかも、見てとるにいつも体育館の近くで本を読んでいる彼女である。さっきまで座っていたというのに、たまたまどこかへ移動するところだったらしい。 やっばい。意味の分からないことに苛立った結果、その本人に当てるとか最低じゃないか。 「・・・・・〜〜〜〜っつぅ〜〜〜〜!」 「すみません!だ、大丈夫ですか」 「いたい・・・・強い・・・」 部活は一旦、中止になる。 頭の横を抑えてゆっくりと起きあがる彼女に慌てて駆け寄る。 らしくない、とは分かっていたけれど、自分がやってしまった事が混乱を余計に招いた。 これが部活内の部員の頭にヒットした時はおかしくてたまらなかったものだが、そんなことは言っていられない。 清水先輩がパタパタと足音を立ててやってきて、起き上がる彼女の背に手を置いてゆっくりと起き上がらせる。 「 、こぶできてる」 「潔子ちゃん、大丈夫だって」 「すみません・・」 「あ、いいって〜本読みながら歩いてた私も悪いし」 「またそんな本読んで・・・それに待ってるならあそこじゃなくても・・・」 「あの場所なら花壇の世話も出来るし、潔子ちゃん頑張ってるの見えるから好きなの」 「 ・・・」 会話はできるらしく、ボールが当たった衝撃のわりにケロリとしている。 聞けばよく頭にボールをぶつけることが多いらしい。なにそれ、とあいた口が塞がらなかったが、なぜかここにいると不幸か、タイミングが悪いのかボールがよく頭に当たるらしい。 3年のみんなからは全員クリティカルヒットをいただいたんだよ〜いつもだよ〜とゆるく笑いかけられてしまえば、またすみません、と小さく零すしかない。 罪悪感に心が占められるが、本人がわりと気にしたふうでもないのがせめてもの救いだ。 ほ、と息を吐いてふと横を見れば、ボールが当たった時にふっとんでいったのだろうヘッドフォンが地面に転がっていた。 慌てて拾おうと手を伸ばし掴む、そして彼女に渡そうとした、その時だった。 おおよそ彼女に似合わないものが流れ出した。がなり声というかダミ声というか、言ってみればデスボイスというやつだろうか。ヘッドフォンから大音量で流れ出す。 ヘッドフォンを差し出したものの、あまりのその音量についつい顔をしかめてしまう。 ・・・・まさかのギャップである。 花に囲まれながらいつも洋書にクラッシックでも聞いていそうな空気感を漂わせていたはずなのに、まさかのヘヴィメタ・・・。 「あのこれ飛ばされてて。・・・先輩のですよね?」 「あ、ありがとう!壊れてないみたいだね。よかった」 「その曲って・・・」 「これ?デスメタル!好きなんだぁ」 「音量は下げなさいっていつもいってるでしょ」 「あはは〜それ澤村くんにもよく言われる〜耳がおかしくなるぞ!って。お母さんみたいだよね」 ゆるっゆるな表情のわりに、そんな音楽を聴いているなんて想像もつかなくて、僕は固まってしまう。 激しいギャップにどう答えていか困っていると、ありがとう、とそのままヘッドフォンを受け取られる。 これ聞いてると周りの音が全然聞こえなくて。だからボールが来てるのも分からないんだよね〜と言う。 いや、だめだろ。危ないだろ。そこまで分かってるのに聞くのを止めずに大音量で聞いているとか、 それってどうなんだ。危なっかしそうな人なのに余計に危なっかしさを増長させている気がする。 なんだろう清水先輩と雰囲気似てるって思ってたが、それはあの雰囲気補正だっただけで、特に特徴の ある顔をしているわけでもないし、まぁ・・・・・・普通だ。ただ雰囲気がゆっるゆるっていうだけの。 思っていることが顔に出たのだろうか、彼女は肩をすくめて清水先輩と僕の視線から逃れるようにして 口を開く。 「ごめんね、練習の邪魔して。ええと、そんなに気にしないで?」 「いえ、こちらこそすみませんでした」 「わたし保健室で氷もらってくるから、じゃあね〜」 手をひら〜っと振りつつその場を後にする。 自分が彼女に抱いていたイメージはガラガラと崩れた訳だが。 校舎の角を曲がっていくのをぼんやりと見送ってしまってから僕は口を開く。 「いつもアレ聞いてるんですか、あの人」 「ええ。だからよくぶつかったりするの、止めなさいって言ってるんだけど聞かなくて」 「へぇ・・・・・・・・・」 「おい月島ァ!いつまで潔子さんと一緒にいるつもりだ!早く帰ってこい!」 「・・・・あの人保健室まで送ってきます」 「うん、お願い」 別に気になったわけじゃない。ただ危なっかしい人だから、これで保健室に行くまでの間にまた何かあったら 僕の寝覚めが悪い、そう思っただけだ。 僕はそのまま彼女が消えた角を目指して走り出した。 煌びやかな幻想を 打ち砕く! |