「あ!こんにちは」
「こんにちは・・・・」
「はい、こんにちは」



体育館の外を周回ランニングしていると、なんだかもう見慣れた後ろ姿が現れた。
この前までは無意識に彼女の姿を確認してしまうのが常であったけれど、この間の事がある。 ・・・考えた末にお近づきにならないでおこうと、通り過ぎようとしたら向こうが顔をあげたので目が合ってしまった。 挨拶をしてきたので、それに返せば、ニパッと笑ってまた挨拶を返す。
彼女が顔をあげてみれば泥だらけの両手に、顔にまで泥が付いたなかなかに酷い状態で。
オイ、これ以上僕のイメージをダダ崩れにしないでほしい。・・・・もう取り戻すことは出来ないイメージだけど。むしろもう、望んでもないけど。 嫌そうな顔をする僕にお構いなしな様子で、彼女はヘッドフォンを首にずらし僕に話しかけてくる。
相変わらずそのヘッドフォンからはガシガシと五月蠅くせわしないリズムが流れ出している。なんでこの人これ聞いてるのに僕がいるのに分かったんだ、という疑問が溢れる。 野生のカンとかそういうのだろうか。



「・・・えーと、この前の〜、」
「月島です」
「そうそう月島くん!この前は保健室まで連れて行ってくれてありがとう」
「いえ、こちらこそすみませんでした。・・・・・・なにやってるんですか」
「え?潔子ちゃんの部活の間は私も委員会の仕事しようと思って、ほら良い大根!」



聞けばあそこで本を読んでいないときはここの菜園で野菜の世話をしているらしい。 たまにいないのはそういうことだったみたいで。 この前追いかけて保健室まで送った時にそう言っていたな、なんて思いだす。
実際に話してみればさらにイメージはガラガラと音を立てて崩れた訳だが、 目の前のこの人がそんな僕の内情を知るわけもない。はぁ。

ジャージ姿に腕まくり、結べるか結べないかくらいの髪を無理矢理縛ったような髪形で 彼女は僕を見かけると立ち上がってこちらを向いた。
軍手が泥まみれなのにそれで汗を拭ったりするもんだから、顔まで泥が付いている。 輝かんばかりの笑顔で大根を持ち上げて見せるのだが、いかんせん顔は汚い。泥まみれだ。 この年で泥まみれって・・・思わず先輩なんだよな・・・?なんて脳内で考えてしまうのも無理はない。
若干数歩だけ後ずさってしまったのも無理はない。僕のせいではない。

笑顔はこちらがついつい絆されてしまうくらいで悔しいが、泥まみれと言うのは良くない。
なんなんだこの人。人の幻想を、イメージをことごとくぶっ壊してくる。 最初に会ったときは物静かでなんとなく穏やかな人なのかと思っていたが本当にそれは表面上だけ のことだったらしい。
まぁ穏やかは穏やかだが、この人の場合はただネジが緩んでるだけな気がしてきた。 しかも大事な所のネジが大幅に緩んでいるに違いない。僕とはどうも合わないだろうな、 なんて事を心の隅で思う。 面と向かってみれば、顔も別にふつーだし。可愛い訳でも綺麗な訳でもないのにどうして僕は、 あの時・・・・・・・はぁ。
自分で自分が理解できない。喋らなければいいということでもないのに。 がっつり重いため息がでて、ずり落ちたメガネを押し上げる。



「あれ、月島くんてば疲れてる?あ〜、今日暑いもんねぇ」
「はぁ・・・」
「今日も部活長い?何時くらいに終わるのかな〜」
「多分6時半には終わると思いますよ」
「そっかぁ!」
「先輩は暇そうですね〜。頭も平和そうでなによりです」
「え?うん!暇だよ!」
「そうですか・・・」




ぱぁっと馬鹿みたいに笑顔を咲かすこの人にそっけなく言葉を返す。
嫌味も嫌味と思わないこのやりきれなさについ舌打ちをしてしまいそうになる。
なにこの人、ほんと意味わかんない。嫌味で押してもそのまま掴んで引きずり込まれそうな感覚に陥る。 返事をするのも面倒くさくなる。



「月島くんは忙しそうだね。部活大変?」
「・・・・ええ、まぁ」
「ちゃんと栄養取らなきゃだめだよ、暑くて倒れちゃうかも」
「はぁ・・・どうも」
「疲労回復にも大根いいよ!葉っぱも栄養あるから、あ!持って帰る?おいしいよ?」 「いや、いいです」



すっぱりと断って、僕が疲れるのは、あなたと喋ってるからですけど、と言いそうになるのを堪える。 この人はこんなんでも一応先輩だ。一応先輩な以上はある程度の尊厳は保って上げねばなるまい。たった2歳だけの差だが。
そんな僕の葛藤はさておき、件のその人は菜園の横に大きなクーラーボックスがあり、 その中の野菜をごそごそと漁っている。 大根やらなにやらよくわからない葉っぱのものが見え隠れしている。



やっぱり少し話してみたけれど、この人はどうしても馬鹿そうだ。とてつもなく馬鹿そう。 語尾が伸びるのとか、ゆるっゆるな喋り方とか。脱力具合が半端ない。力が抜けるのを感じてしまう。
あまり寄り道していてまた怒られても嫌だし、この人に構ってるのも馬鹿らしい気がして、僕はじゃ、と そっけなく言い残して踵を返す。・・・・・・そうとしたのに、その彼女本人からの声掛けによって僕の足は止まる。





「あっ、月島くん、」
「・・・なんですか」
「部活頑張ってね!ふぁいっ!」
「・・・・・」


こちらへ駆け寄るのがスローモーションに見えて、反応が少し遅れた。 ぎゅっと拳を握ってファインティングポーズを取って気合いを入れてくれたようだ。 ついでにその手に握りしめたきゅうりをくれたが、意味が分からない。 はっ、と鼻で笑って背を向けたものの、少し動揺しているのを確かに僕は感じた。 ぐっと見てくる目は引きこまれそうで、そのギャップにやられてしまいそうになったから。
なんだこの人、とか思いつつちょっと耳にカッと熱が上がったのは一瞬の事だ。
どうやら僕は僕が思う以上にこの人の最初のイメージ導入にやられているようだ。ばーか。






そっけないキミの見解