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「うっわ」 運が悪いとはこのことだろうか。 ちょうど帰ろうと昇降口の下駄箱で靴を履きかえていた時の話だ。 部活動も終わりぞろぞろと帰っていく生徒が多く、見送りつつ自分もさて帰ろうかと 思ったその刹那の出来事であった。 豪雨がいきなり襲ったのである。声をかき消すほどの豪雨。恐ろしい勢いで降り注いでは、 地面に跳ね返り瞬く間に地面を濡らしていく。 肩にかけたバックのひもを握りしめて、パンプスからスニーカーへ履き替える。 ぎゅっと靴ひもを蝶々結びにして走り出す準備をする。一応歩いて帰れる距離に家はある為、走ればいけるという認識である。 とりあえずいける。帰ってすぐ風呂に入ればいいのだし。バックの中の書類だけ守り切ればオッケーである。 さぁ走り出そう、と足に力を入れた時のことだった。 「あ、あの~」 「・・・はい?ああ、え~と山口くん、この間はごめんね」 「はい・・・その仙道さんって強烈ですよね」 「うん、まぁいい子なんだけどねあの子も」 「え~あ~そうなんですね・・・」 「ちょっとあくが強いんだよ、うん、ちょっとだけ」 へらりと笑いつつも、冷や汗を垂らすのは山口くんだった。一応清春くんは私の教え子ということもあって、 フォローをしたけれど、彼にはアレをいい子というのにはちょっとした抵抗があるのだろう。 普通に考えてその通りなので、なんともいえないのだけれど。ちなみに私の周りで彼を「いい子」 だと評したのは私と悠里先生と衣笠先生くらいのものである。 この前日向くん影山くん月島くんに次いで木の上にぶら下げられているのを発見したのは、 ここ最近の話であって、トラウマのようになっているのだろう。 言わずもがな私もその被害にあっているから、被害者同士ということもあり気持ちは痛いほどにわかる。 しかし縄で釣るのはわりと初期のいたずらなので、結構かわいいものだなぁ、と思ってしまう。 最終くらいまで行くと、網ですくわれてそこに水鉄砲とかスライムとか後始末が大変な奴に 段々グレードアップしていくのであった・・・。もちろん体験済みである。 いやいやそれは今日はひとまずここまでにして、おいておくことにしよう。 「俺これ傘持ってるんで使ってください」 「傘、いいの?大丈夫?」 「はい、俺予備で折りたたみも持ってるから」 「そうなの?」 「ツッキーが忘れたときの為に教室においてるんです」 「月島くんが!そうなんだぁ山口くんしっかりしてるね」 「し、しっかりしてなんかないです・・・」 照れてしまったのか、頭の後ろに手をやりながらうつむいてしまう山口くんではあったが、私は彼のその優しさに感激をしていた。 しかしマメな男子だなぁ、友達のために傘まで用意しているとは・・・。 なぜならこの豪雨の中走り抜けるおバカはそういないであろうし、女子的にもちょっとな、と自分でも思ったのだ。 もちろん最終的に傘がなかったら、きっとこの弾丸のような雨の中を走っていたのだけれど。 ありがとう、といいながら、傘を受け取る。 「助かります、山口くん」 「いいえ~じゃあ、さようなら先生」 教室においてあるという折りたたみ傘を取りに戻るのであろう、山口くんは昇降口を背に廊下を歩いていく。 それを見送って、私は傘を開いた。ぱしっ、と音がして勢いよく開いた傘は大きくて雨も十分に塞げそうだ。 優しい生徒がいてよかった。そして常識的な生徒というのは素晴らしいな、と烏野高校へ来てよかったとしみじみと 思ったのだった。 @@@@ 「山口、おいてくよ」 「ごめんツッキー!」 「なに、傘折りたたみ?」 「あ、うん、先生が傘なくて困ってたから貸したんだ~」 「あの人も大人なんだから、そんなこ、」 「この豪雨の中走って行こうとしてたからつい~、ってどしたのツッキー」 傘を広げて待っていてくれたツッキーに俺は小走りで駆け寄り、折りたたみ傘を広げる。小さ目ではあるけど雨を防ぎきれないというほどではない。むしろ先生がこの豪雨の中を走っていくのを止めれたという方が誇らしかった。あの先生時々無茶するしアクティブだしむちゃくちゃだけど、風邪とか引いてほしくないし、一応女の人だし。 そんなことを話しながら校門から出て下校の道をたどる。 ツッキーと話しながら、いろいろな事が頭の中を巡ったのだけれど、それより不自然なところで言葉を切らしたツッキーが気になった。 首をかしげて問うてみれば、ツッキーは苦い顔で俺の後ろを指さしながらこう言った。 「山口、傘貸したんだよね。・・・あの人に」 「え、うん、そうだけど・・・ってえ!?あれ?!」 確かに貸したはずだったのだけれど、ツッキーが指した指の方向を見てみると、なんと彼女の姿がある。 そして、今、現在、俺たちの目に移っている彼女は傘を持っていなかった。 むしろこの豪雨の中傘を持たずに走り抜ける彼女は異質ともいえた。みんな下校途中の生徒がちら見しているが、そんなことはもろともせずこちらへ走ってくる。 道が1本しかない為出会ってしまうのは仕方がないことなのだけれど。 走るのが得意と言っていた彼女は確かに足が速い。あっという間に距離を詰めてくる。ばしゃばしゃばしゃ、と雨音に紛れて全速力で走る先生は確かに傘を持っていない。貸したはずなんだけど。 ツッキーと顔を見合わせてみる。あまりに必死なその形相に彼女に声をかけようか迷ったけれど結局俺らが声をかける前に向こうのほうが先に気が付いてしまった。気配に鋭い。 「あっ、山口くん!帰りこっちなの?」 「ええと、ハイ!あの片桐先生・・・傘は・・・?」 「こんな豪雨の中、傘もなく走るって・・・どうかしてません?」 「月島くんまで!本当に仲良しなんだねぇ」 「えへへ・・じゃなくて!」 べたべたの体に、髪の毛が張り付いている。ひどい有様である。しかし表情は曇ることなく、むしろあっけらかんとして笑っている。 このままだと風邪をひいてしまうと思って俺はとりあえず先生へと傘を傾ける。 「風邪引きますよ、片桐先生!」 「大丈夫、・・・、うわぁ!」 「っ、すみませんすみません!!」 「いや~ここまで濡れたらもう気にしないからね、ホント大丈夫」 傘を傾けたら、その瞬間傘の上に乗っていた雨がすべて先生に降り注いだ。あはは、と笑って全然怒る気配を見せない先生にツッキーはちょっと引いた目で見ていたけれど、理論的に動くツッキーとわりと野性的で動物的な片桐先生は確かに合わないのかもしれないな、なんて思う。先を急がせるようにやや苛立ちを含みつつあるツッキーの言葉が雨と混じって聞こえる。 「それで、山口の傘はどうしたんですか、先生」 「あ!うん、昇降口で傘がなくて困ってた女の子がいて・・・」 「貸しちゃったんですか!?」 「はぁー・・・?なにやってんですか・・・・」 「いやぁ、面目ない・・・あはは」 申し訳なさそうな表情を作ってはいるけれど、男前すぎて先生すごすぎる・・という気持ちしか出てこない。 ここまでおおらかだと不安にもなるもんだけど、それすら感じさせないあっけらかんとした表情は、逆に安心感すら出てくる。 「女の子を濡らすわけにはいかないからね。山口くん、ごめんね勝手に傘貸しちゃって」 「それは全然いいんですけど・・・!」 「・・・山口、送ってあげれば?」 「へ?!」 「うん?」 「や、俺、貸します、傘!」 「え、山口くん?私、家近いから平気だよ!それに生徒を濡らして帰るわけにはいかないから!」 「え、」 「私行くね!2人とも早く帰るんだよ!じゃっ!」 キリリっと言う様はとてもカッコ良いのだが、したたりおちる髪からなにやら、大人の余裕というか色気みたいなものを感じてしまって少しだけ動揺した。送るのは緊張してしまうという焦りから声がやや裏返ったのだけれど、先生はそれを拒否ということで受け取ったらしい。 間髪入れず否定の言葉がおりてきて、なぜかチャッと手を敬礼のようにして、文字通り嵐のように去って行ってしまった。 「・・・・・・・・・・・・・なんだあれ。ホント思考回路意味わかんないんだケド」 「あはは・・・面白い先生だよね~」 しかしなんでツッキーは先程そんな事を言ったのだろうか。 少し上にあるツッキーの目を見ると嫌そうに吐き出すように溢した。 「・・・山口が傘貸したら、2人で1つの傘に入んなきゃいけないデショ」 「え」 「そんなんイヤだからね、僕。それだったら、って思っただけ」 「なんだ~、別にツッキーの傘奪ったりしないよ」 「そー」 走り去っていく先生を見つめながらそう言うが、なんとなくツッキーもそう気になっているのだろう。 歯切れが悪いというか、なんというか。曖昧な表現ではあるけれど、そんな風に感じた。 憎めない人だもんな~なんだかんだ言いつつ。 そう考えながら、今日のテレビの話やら明日の部活の話などを話し始めた時だ。またしても背後からぱしゃぱしゃと走る音が 聞こえた。今度は意外だった。 「あれっ、武田先生じゃ・・・」 「あ!君たち、片桐先生を見てないですか?!」 「・・・今あっちに走ってきましたが・・・」 「ありがとうございます!まったくもう、あの人は!」 走ったりするイメージがあまり沸かないけれど、傘を差しながらこちらへ走ってきたのは武田先生だった。 片桐先生の行方を聞いたかと思うとそのままたったかと走っていく。 まぁまだ見える範囲にいるから武田先生でも追いつけるだろう、とか思っていると案の定気配に鋭い片桐先生のほうが先に気が付いたのであろう、振り向いた姿が見えた。 吐く息もぜーぜーな武田先生を心配そうにおろおろとしながら彼女はどこか先生としてではない一面を見せている。 あれか、同じ国語科で、先生という同じ立場だからこその気安さというやつなのか・・・。 先生と生徒であるが故の関係と先生同士の関係というやつはやっぱり違うのだろう。 息を整えた武田先生が傘を片桐先生に差し出したのが見えた。 なんとなく複雑な心持になりつつも僕らは帰路についたのだった。 雨は相変わらず酷い。 レポート03: 帰宅についての考察 |