深く深い深淵にたたずんでいるかのようなそんな凪いだ気持ちで私はあの場所へと連れ戻された。
穏やかと言えばそうなのだろうか、というかどこかあきらめに似た気持ちと言ったほうが近いのかもしれない。 そうしてたびたび呼ばれてはどこかへと戦いに行かされる。





そんな今現在、過去を少し思い出しながら、私の口から溢れた泡がこぽりと上へと浮かんでいく。



戦闘中にアクマに吹っ飛ばされてそのまま怪異のある湖に引きずり込まれたことはなんとなく覚えている。
どうあってもこの敵は私を殺したいらしい。 戦った為に薄汚れて血にまみれていた私はその湖の水で少しだけきれいになったようにも思える。
そんなことを考えられるようになったほど私は修羅場を知らず知らずのうちに乗り越えてきたようだ。
苦しいし息もできないそんな状態で私はあがくこともなく、沈んでいく。 沈む私の足に絡みついているのはAKUMAであってそうではない。私にとってはこの世界そのものである。
どうでもいいかな、なんて考えていることが漏れているのだろうか。にぃと口の端を釣り上げて笑うアクマに 私も少し微笑み返す。奪えるものなら奪ってみろ、殺したければ殺せ、という気持ちがわきあがってきたからである。
どうあったってこの世界は私の世界ではない。義理も、大事なものも人も何一つない世界で私は一体何をしているんだという 脱力感ばかりが私を襲うのだ。
なのに私は結局自分で死ぬこともできずになぜか生き残っている。ホームとよばれるあの場所では棺がいくつも並べられる 事も少なくはないのに、私の棺はまだ用意されないらしい。
まぁ私の棺が用意されたところでその棺の中には私はきっといないのだろうけど。空の棺を用意するというのも無駄だし、むなしいだけなのだけれど悲しむ人も いないのだろうということを再認識するには十分すぎる考えだった。





今回組んだのはあの日本語をずいぶん前に話した彼だ。確か神田、とか言ったような。やっぱり日本人か。 この神田と言う人、日本人にしてはしっかりはっきりな性格で姿からして厳しい感じの人である。日本語を 喋っていないときにでもそれを感じたのだからたぶん英語が分かればもっと厳しいことを言われているのだろうな〜 なんて思ってしまう。

『your job・・・〜yourself!』
「・・・・・・・ok・・・?」

旅に出る前に厳しい表情でyour jobなんとかかんとかyourself、などと吐き捨てるように言われたので思わず頷いてしまったのだけれど、 別に私には関係のないことだ。自分のことは自分でやれ、などと。
わざわざ忠告してくれるなんて結構いい人なのかも。しかし私にとってその忠告は まるで意味がない。この戦いで生きようが死のうがどうでもいいのだし。
死ねたらようやく解放されるのだと、私は心から笑うことができるんだろう。
この人たちって本当に私が生きることを望んでいるのかしら、なんて、この私の心臓の不思議な力が ただほしいだけに決まっているのにそんなことを考える。

ああ 酸素が足りなくなってきたのかも、とぷくぷくと泡が消えて上へと上がっていくけれど光はもう見えない。
からりと手に持っていたはずの刀が音を立てたかと思うと淡い光を放ちながら胸の中へと消えた。 そういえば持っていた覚えもないのだけれど、いるときになると勝手に出てくるようだ。
意味わかんないけど。この刀も私が戦う気がないと分かって消えたのだろうか。
足は鉛のようで地面はまるで沼かなにかのように私の足を絡め取る。
もういいかな、なんて目を瞑ろうとした時だった。 上からなにか黒いものが降ってきた。





『〜〜〜っ!』
「・・・・・・」





なにか長い棒状のものが水を突き破って私のもとへと伸ばされた。
はてなを散らしていれば、きゅっと手を取られて引き上げられる。足は依然として鉛のようだったけれど、 それよりも引き上げる強さが勝り私は今沈んできたのをまるで逆再生のようにして地上へ、水面へと出た。
湖の横の地面にたたきつけられるのと同時に喉にひきつった感覚を感じれば急に苦しくなり激しくせき込む。
髪は顔に張り付いて気持ち悪い。太陽の光が背中を照らす。水を吸ったこの黒いコートが重く重く肩にのしかかる。 これは世界の重みだ。ここで生きろという、ここしかないのだという無言の圧力にも似た、何か。




すると頭上で舌打ちのようなものが聞こえた。のろのろと顔を上げれば、神田さんが苦い表情をしていた。
自分の濡れた髪の隙間から見える彼の表情はとても険しい。 あー・・・目の前で死なれるのもちょっと心情としてはよくないんだろう。
けほ、ともう一度咳をすればそれとは違う手が私の背中をさする。
あれ、この人もどこかでみたような、橙の髪の色が目に眩しい。





『プハーッ危なかったさ』
『なんでてめぇがここに』
『ユウ顔怖いさ〜。コムイに言われて後を追ったら沈みかけてる子見つけたから』
『・・・手助けなんざいらねぇんだよ』
『またまた〜アクマに結構押されてたっぽかったし、オレいなかったらこの子助けられんかったっしょ』
『・・・チッ』




またしても舌打ちを繰り返す神田さんと、この橙色の人はわりと仲が良さそうだ。
舌打ちの意味は私がヘマをしたからなのか、死ななかったからなのか、それは判別しがたい。
けほ、ともう一度水を少し含んだ咳をひとつして、立ち上がる。 ぱっと目線が合うけれど、ずっと見続けるには怖い瞳がふたつ私へと向けられる。 ぺこ、と軽くお礼をすれば、神田さんははぁ、とため息なのか呆れなのかよくわからない態度を取った。 足手まといになったから怒っているのだろうか。



『なんで抵抗しなかったんさ〜あのままだとヤバいことになってた』
「・・・?」
『コイツに英語は通じねぇぞ』
「えっ、まだ?!教団入ってからずいぶん経ってなかったけ?」
『覚える気がないのか、それともバカなのかだな』



神田さんははん、と鼻で笑うのがとてもよく似合う方だ。
そんなことをぼーっとする頭で考えていれば、ずいぶんまた陽気な彼が私の頭をくしゃっとする。 この人気安いなぁ。そういえば一番最初の任務でもこの人に連れられて帰ったんだっけ。名前も知らないけど。
なんやかんやで生き残ってはいるものの、私とこの橙色の人は組まされたことがないのでよくわからない。
依然心は動かないままで、無な感情とでもいうのだろうか、私はこのまま感情を失っていくしかないのだろうか、

死ぬその時、その時まで。






孤高の心を喪す