「・・・ううう・・・・うう・・・・」 「アリス?煩いわよ、ちゃんと集中して!」 「はい・・・・・はぁ・・・」 わくわくと高鳴る胸を抑えつつ就寝したのが昨日の話である。しかしそれは現時点で無理なことになってしまった。 朝一番に買いにいこうと握りしめた紙幣がひらひらと舞う。そう、私の目覚めを促したのは、 自身が寝る前にセットしたアラームでもなんでもなく、手首にはまっているブレスからのコール音だった。 それと同時にキラキラと光輝く爽やかな朝を迎えた私のささやかな部屋にきびきびとした アニエスさんの声が鳴り響いた。・・・うるさいくらいに。 「・・・・・アリス?煩いって何が?早く来なさい」 あっ、失言です、そんなっ、アニエスさんが煩いだなんてっ! 言いたいことのみを告げられてぶちりと切られた通信に慌てて弁解をしながら、私は家を飛び出した。 無論、ヒーローであるからには限定品のチーズケーキなどっ・・・などっ・・・欲しくは・・・・ないっ!とは言い切れず名残を残しつつ私は現場まで走って行ったのだった。・・・・・・泣いてなんていない。 ☆ 泣く泣く・・・・・・ヒーローとしての働きを全うして帰ってきた私は ヒーロー事業部の椅子にふぅ、とため息をついて腰かけた。 当然限定品だ、残っているはずもなくて閑散とした売り場と「販売は終了しました」 というそっけない紙が残されているだけだった。 食べたかった・・・・・・と机にうっつぷして泣く哀れなヒーロー、 町を救うために走り回ったヒーローに対してマネージャーはそっけなく 書類を高速で片付けながらこう私に言い放った。 「はやくトレーニングしてきてくださいね、ヒーローなんですから」 本当に味もそっけもないお言葉である。 涙もふっとぶ勢いであるがもうかみつく元気も残されてはいない。 会社に置いてあった適当な差し入れをひっつかんで私は会社を出てトレーニングジムへ行くために外に出たのだった。 ・・・ワッフルもそれはそれで美味い。ノーマルのもいちごが入った奴も変わらずおいしい。 ☆ 「うああああああん!!!!!!!!!」 「アラァ、荒れてんのね。珍しい」 「・・・・・・・どうしたの・・・!」 「今日朝から出動命令出たから限定品のチーズケーキ、買えなかったんだって」 しかしワッフルだけで私の鬱憤とした気持ちが晴れるわけもない。 思いっきりランニングマシーンを早くして激走爆走をする私をトレーニングジムにいた 他のヒーロー達は遠巻きにしてみている。 いや、でもね、こんなにみんなのことを考えて出動している ヒーローたちの事を思えばチーズケーキが買えなかったことなんてそんなぜんぜんっ、 ぜんっぜんそんな惜しいなんて思ってない!!!!! そう今回は巡り合わせが悪かっただけなんだ!!!! 激走を繰り広げてしまった後に、ベンチに座って息を 整えていれば、ホァンちゃんが笑顔で紙袋に入った桃まんを差し出してくれた。 「さん、桃まん食べる?ボクここの桃まん大好きなんだ〜!」 優しすぎて少し涙目で桃まんを受け取って頬張ると、ホァンちゃんはよりいっそう笑顔になった。 イケメンだし可愛いし、本当にホァンちゃんは最高である。 無言で2人してむっむっと桃まんを頬張っていればトレーニングジムの入り口の方が騒がしくなってきた。 なんだろう?と首を傾げてみれば、がたいの大きな人物が窮屈そうに その入り口を潜ってきた。 「おっ、お前らいーもん食ってるな〜」 「ライアンさんにもあげようか?いっぱい買ってきたから」 「ありがとな・・・ってなんでお前は涙目で食ってんだよ」 「ちょっと諸事情がありまして・・・・」 「さん少し落ち込んでるんだ、だから優しくしてあげなきゃダメだよ!!」 「へーへー、相変わらずのナイトさまっぷりだな、こりゃ」 ☆ 「ほらよ、」 何事かをホァンちゃんと話していたライアンさんはふいにその手を私へと向けて差し出した。 目の前に差し出されたそれはとても魅力的なそれである。 限定物っていうのはどうしてこう私の心をくすぐって離さないのであろうか。 もんもんと考えてしまうけれど、これは本当に受け取ってもいいものだろうかと警戒心がちらりとのぞく。 「あなたに警戒心なんてあったんですか、驚きです」などとマネージャーに言われるなぁ、 なんてそこまで想像してしまって、やめた。 自分に都合の悪い事は忘れよう、 それが社会の荒波に飲まれてやや月日が経った私が出した答えである。 荒波まみれではあるが、ようやく軌道に乗り始めているのだ、私だってちゃんとやっていける。 きゅうりの塩もみから少しランクアップして、ニンジンのマリネなんてものを食べられるように なったのがその証である。やればできるはずだ、私だって。 話は戻るけれど、目の前に差し出されたものは限定品のチーズケーキである。 スティック状のそれは薄紙に包まれているがどっしりとした重みでその重厚感から相当贅沢に チーズを使用していることが分かる。 焼いた後の芳香もそれはそれは、 トレーニング後の私のおなかの虫を騒がせるほどにはたまらない。 見間違えるはずない、文句なしの一品といわれたそれを購入するため、私は給料日を迎えた今日この日を楽しみにしていたのだから。 普段は絶対に起きないであろう時間にアラームをセットしてまで。 しかし降ってわいた幸福においそれと飛びつくわけにはいかない。 飛びついた瞬間にやられる可能性だってあるのだから。いや、夢か?夢なのか? 実際夢にまで見た現物がこう目の前に差し出される可能性なんてないに等しいことだと思ってたから。 「あ?これじゃダメか?チーズケーキ、食いたかったんだろ?」 「さん!これって!さんが言ってたチーズケーキ?」 「・・・・・・・・・!!!!!!」 ライアンさんの手の中に収まっているチーズケーキとライアンさんを見比べる。 いや、どうみても夢にまでみた現物の、あの限定チーズケーキである。会社のネットから調べてプリントアウト して家の冷蔵庫に貼っていたのである。見間違えるはずもない。 ただそれを私にくれると、そういう事なんだろうか。なんだか出来過ぎていて怖い。 するとライアンさんは眉を器用に片方だけ上げて口をひらく。 「や、そんな目で見られて今更ハイ没収〜って取り上げるわけないから」 「あ、ありがとうございますぅ〜〜!ほんともう食べられないと思ってたから・・・っ」 「スポンサー関係で会社が貰ってたんだとよ、俺にもくれたけどそんなに食べたいわけじゃねーから」 「さん良かったねぇ〜ライアンさんに感謝しなきゃだねっ」 「うん、ホァンちゃんごめんね。気を遣わせちゃったよね・・・」 「そんなの関係ないよ!さんが笑顔になってよかったなっ」 「ホァンちゃんっ・・・・!」 笑顔でそういうホァンちゃんにずきゅんばきゅん(古いとか言わない、所詮古い人間ではない)されて 思わず手を広げてホァンちゃんにハグをする。 なんてかわいいんだろうか、この子は!!!!そしてすごくいい子!!! 良い子すぎてこの先が不安になるほどの良い子である。 ぎゅぎゅぎゅっとありがとうの気持ちを込めて強く抱きしめる。 「ならそれ俺にやってくれてもいーんじゃね、」 「うん、ありがとうライアンさんも!!!すんごい嬉しい!!」 「なっ、ちょお前・・・っ、いきなりだな!」 「あ〜ライアンさん照れてる〜」 「ばっ馬鹿!照れてねぇ!」 「本当にありがとうございました、ライアンさん」 「お、おう・・・子供には優しくしてやんなきゃな、俺ってホラ、ヒーローだから」 おどけたようにそういうライアンさんのウインクを間近で見てしまった。 ヒーローのみんなはかっこいい人と可愛い人で溢れていると思ってしまいながらも笑みを止めることはできない。 キンキンの髪で、なおかつ目つきも悪いこの新ヒーローとの距離を測りかねてはいたものの、 こうした面を見れるくらいにはお近づきになれて良かったなと思う。 チーズケーキの魔力によって思わず私よりずいぶん高いその身長にも関わらず飛び跳ねるようにして ハグしてしまったが、やはりがっしりとした体格が私の体を受け止める。 ボクもボクも!とハグをねだるホァンちゃんと共に私はライアンさんに抱きあげられたのだった。 魔法とはこのこと? 「はぁ?お前ジュニアくんと同じ歳!?」 「はい、そうです、バーナビーさんとは同い年です」 「ドラゴンキッドとそう変わんねぇと思ってたぜ・・・マジかよ」 「・・・そうですよライアン、あまりこの人にちょっかいを掛けないように」 「ジュニアくんじゃ〜ん!今こいつと、あ、オイちょっ、お前引きずんな!!!」 「早く行きますよ、インタビュー記者がお待ちかねです」 「ハイハイ、じゃあまたなーお前らっ!」 (140325) |