目が覚めたらそこは箱の中でした。
いえ、冗談とかではなく、本気で。まじです。



「・・・・ええと、ここはどこなんだろう」
「お嬢ちゃん寝てる間に連れてこられたのかい?奴隷商人に捕まったんだよ、俺たち」
「・・・・・・・・・ハイ?」



おおよそ自分の住んでいた世界ではほとんど聞かなくなった言葉を、さらっと突きつけられて 「そうなんですか〜なるほどぉ〜」などとふやけた感想しか漏らせない自分に辟易する。



「お嬢ちゃん髪も目も真っ黒だし若いから狙われたんだろうな・・・」
「いや、標準ですが、私たちこれからどうなるんですか・・・?」
「俺たちどこに売られちまうんだろ・・・・・・」
「はぁ・・・逃げるなんてできねぇし」
「やだぁああああ、うわぁああんおかぁさぁん!」



どんよりとした空気に包まれて、ため息ばかりが漏れる。当然である。状況はいきなり放りこまれた私には 理解することが難しいが、どうやら私はこれから奴隷にされてしまうらしい。
目の前には何人もの人がいて、鉄格子の嵌められた箱に閉じ込められている。 前や横やらの箱の中からこそこそと話し掛けてきてくれるものの、どうしてこうなったのかさっぱりである。 靴も途中で脱げてしまったのか裸足だし、その代わりに、とはめ込まれた冷えた金属が身にしみる。
ガタンガタンと不規則に揺れる箱の中は気持ち悪い。押し込められている事と、車酔いに 似たような吐き気がこみ上げる。うえぇ。
小さな箱に5人くらいがぎゅうぎゅう詰めになって、何箱も積み上げられて馬車の荷台か何かに積まれて いるのが分かるけれど、とても理解できそうにはない状況だ。 私、どこに来てしまったの?と当初の疑問に行きつくけれどそれはここの人たちにも答えることはできなさそうだ。 まだ涙が止まらない女の子に寄り添えばきゅっと服を掴まれて顔を埋められる。
こんな小さい子までかわいそうに・・・。 ため息をつくと、不意に騒がしい声が聞こえた。


「・・・・・・・・・っ!やばい、」
「わぁあああああああああああ!」
「積み荷を守れっ、金になるんだからなっ!」



ガタガタッという音が大きくなり何か騒ぎが起きているのが分かる。
なに?と首を覗かせてみるもよく分からない。カタカタと震える歯は確かに恐怖を伝えてくるのだが、 身動きが取れないためにどうすることもできないという無力感がただただ沸いてくるのみである。



「盗賊だっ・・・・・・・!」
「お前ら積み荷を寄越せっっ!」
「ギャハハハ!おっ、豊作だな!奴隷も金もいっぱいあるじゃねぇか!」



スゲー、どちらもえげつなさすぎる。どっちに捕まっても嫌な運命しか見えないのが・・・。
盗賊と奴隷商人の戦いなのだろうか。どっちも本当に頂けない。 冷静に考えようと努めてみてもまぁ、どうにもならない。 ぬっ、と影が差して盗賊の顔が目の前に迫る。



「きゃっ」 「おっ、こっちには若いのも入ってんな〜豊作豊作ぅ!」
「・・・・・・・っ!」
「うわぁああん!」



箱に入っている人たちは黙りこくったが、あまりの恐ろしい顔に女の子は再び泣き出してしまった。 ・・・・・・・私も泣きたいぞ。
しかし女の子の手前、泣くわけにもいかない。小さな女の子を守るのは私しかいないのだし、 私に出来ることはほとんどないけれど、それでも彼女の小さな支えくらいにはなれるはずだ。
そう考えて女の子を自分の背に追いやる。盗賊の目から離してやりたかったから。



「ん、お前いいなぁ!黒髪黒目かぁ!」
「・・・・・・・・・はは、ぜ、ぜんぜんですよ」



いいなと褒められてもぜんっぜんっ!嬉しくはない。
にこーっと嫌な笑顔を浮かべる盗賊にひきつる表情は止められやしない。
がちゃんっと盗賊の持つナイフが箱の鉄格子の鍵を叩ききる。その音に目をつむれば、 腕を掴まれる感触がしてそのまま外に引きずり出される。 おねぇちゃん、と泣きそうな声が引き留めるけれど、私は女の子に向かって笑うしかない。
私は大丈夫だよ、とひきつる笑顔を浮かべるけれど、無理無理すぎる笑顔のせいで、 女の子の目の縁からさらなる水が浮かび上がる。だれかたすけて、とその目が言っている。



**







外はギンギンと降り注ぐ日差しのせいで痛いくらいだった。
箱の中の日影の方がありがたかったかもと思ってしまうくらいの太陽だ。
あまり日の元に出ることもない貧弱な体は、その日差しに負けてしまいそうになる。 はぁ〜こんなことになるなんて想像もつかなかったからなぁ。
奴隷、という言葉からしてこれからの生活、想像もできないくらいの苦しみが待っているのか。 まぶたの裏に焼きつくあの女の子の顔が離れなかった。どうなってしまうんだろう。私も、彼女も。




「はっはー!やぁ〜砂漠は大変だったなぁ〜。おい、今日はこの辺で休むぞ」
「おおおお!」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「なんだ?」
「なんでもないです・・・」



結論から言うと私たちは離ればなれになってしまった。
あの女の子たちは別の盗賊に引き渡されて、奴隷商人に売られるのだそうだ。やだなー奴隷商人内でも ライバルとか競争相手がいて、それの抗争に勝利したことによる、現状なのだそうだ。 どっちへ転んでも怪我まみれになる事必須の現状である。
聞きたくもない話をぺらぺらとしゃべる盗賊にそうですか、と頷いて見せる。 私の他にも気に入られた者、数名は箱から出されてこの盗賊の元にいる。

奴隷になるのが早いか、そうではないかだけの差に不幸を嘆く暇もない。かしゃんとつながれた首輪 と足に嵌る鎖はどうにもこうにも外れそうにはない。 ペット扱いならまだいいが、人間、ペット以下な扱いは散々受けた。
寝て覚めたら箱の中、その次は奴隷。酷い扱いだ。


それでも私は元の世界に戻れると信じていたから、苦しくても毎日毎日を過ごすことができた。 気にかかるのはあの女の子のことだが。元気、ではないだろうけど生きていてほしい。 つらい泣き顔は見たくはないものだ。
同じ奴隷仲間(嫌な響きだなこれ・・・)とはしゃべることも許されはしなかったけれど、 生きる希望だけは失わずに生きていこうと思った。



砂漠が終われば岩肌が覗く厳しい道のりが続いた。
この先に大きな町?国があるのだという。国名はなんだか聞いたこともない名前で忘れてしまった。基本的に カタカナっぽい名前でさっぱり頭が働かない。
岩がごろごろした中を馬車で上がっていく。 むろん私たち仲間は歩きだ。裸足は正直、・・・いやだいぶ・・・つらすぎる。 痛くて痛くて仕方がない。血がにじむ。
でも首輪を引っ張られてしまえばなにも言えない。身体に対しては鞭を振るう酷い扱いだったが 幸か不幸か顔には何もされなかった。 黒髪と黒い瞳が気に入ったという盗賊の言葉には嘘はなかったらしい。 ・・・そのうち目玉繰り出されるとかなきゃいいけどぉ・・・。そんなこと思うと顔が歪む。
気が狂ってるぜこいつら・・・・・・。



**







盗賊と奴隷商人が繋がっているというのは嫌と言うほど知っていた。
おもちゃが飽きられて捨てられてしまうのもよくよく分かっていたことだった。
さぁ、と背中を押されて盗賊に手放された後、 だだっぴろい広間に私はさかさまに吊るされていた。・・・・・・・・・・どうしてこうなった。
そして隣には、懐かしや。あの女の子が酷い顔色でぶら下がっていた。感動の再会である。このような所で再会はしたくなかったけど。 そして普通に足を下に吊るされているのを見て、なんで私は逆さにつるされたんだよ、 と理不尽な仕打ちをした盗賊への怒りが湧き上がる。ワンピースみたいなぼろっきれを被せられている 私としてはその裾を必死に抑えて見えないようにするしかない。 くそ、こんのヘンタイ!!ヘンタイ!知ってたけど!ヘンタイ!!くそ!!!!
目の端で見やるに今まで一緒にいた盗賊はのうのうと広場の上で奴隷商人と私たちを見ている。


「さ〜ぁ餌の時間だ!」
「あら、あの子良かったの?お気に入りって自慢してたじゃな〜い?」
「あいつは飽きた。お前の所に金髪のやついただろう?あいつにする」
「やだ〜可哀そうね、あの子」

「いい加減にしろよテメェ・・・っ、助かったらタダじゃおかねーからなッッ!!!!」
「えっこわ〜い、なにあの子、野蛮〜!早く処分できて良かったわねぇ」
「二面性かよ・・・ほんとだぜ、早く食わせちまおうぜ、病気持ちもめんどくせーし」
「めんどくせぇってなんだよ!お前らが勝手に連れてきたんだろーがっ!マジふざけんな!!!」
「振られたからってみっともないわよ、お・嬢・さ・ん」




大 き な お 世 話 だ っ つ ー の !
なんで私手放されて可哀そうね、みたいな感じになってんの?! 別に好きじゃねーし!むしろ処分された方が清々するっつー話だ!
今にも噛みつきそうな私をみてせせら笑う盗賊を見つつ、身体を必死でよじる。
隣からは消えそうな声で「お、おねえちゃん・・・」と女の子が呼びかけてくる。 泣きそうなのを必死でこらえるその姿は庇護欲をそそる。この子だけは助けてやらねば、 そういう使命を感じてしまう。 しかしいかんせん、私はただの女である。この子を救うすべがまるでない。 出来ることもないし、ただ口と底意地が悪いだけの女である。

助けるなんてどころか、私もろとも処分されてしまいそうじゃない???いや、それは気のせいではなく事実なのだけど。
そんな事を考えている間に扉がオープンしてしまって餌、 と言っていた意味が分かりたくないけど分かってしまった。
獣だ。みたことない。でも牙を振りかざして下で今か今かと待ちかまえている。



目線を下に向ければ猛獣に囲まれすぎていて、乾いた笑いが出てきた。・・・・こいつに?食べられるのか?わたし。
隣の女の子が耐えきれなくなったのか泣き叫び始めた。私も泣きたい。頭、 というか髪の毛すれすれまで縄が落ち、ずりずりと高度が下がるのを感じた。



死ぬか、それとも奴隷としていきるのか、それはどちらもとてつもなく、 えげつない選択肢であるけれど。どちらにせよここに放り込まれたということは 結局のところ私には生きる選択肢は与えられていないらしい。くそ!
目の色とか髪の色とか言って気に入っていたくせに!!!!なんて見当違いな事を考える。 まぁ目をえぐられてから殺されなくて良かったのかな。それもそれでどうかと思うけども。
どさっと音がして私たちは地面へ落ちてしまう。 周囲はすべて獣に囲まれていて、口から鋭い牙が見えている。恐怖を感じ喉の奥がヒュウと鳴る。



恐怖で錯乱しそうになったけれど、どうにか女の子の手を握る。
すると女の子もすがるものがないとばかりに私の手を強く握り返してくる。 この女の子は、ここで生きている。私とは違ってここが彼女の世界だ。 彼女のお母さんもお父さんもここにいる。
死なせてはいけない、なんて思って女の子を手繰り寄せ、胸の中に押し込めてぎゅっと抱きしめる。
迫りくる獣の腕が振り下ろされる。とんがった爪が光るのが見えて私は女の子だけは守りたいと思って 背を向けて守ろうとした。
その時私の視界に素早く何かが割り込んできた。え、なに・・・・?






ぎゅんっと加速するその足は、力強い。 さっきまでは確かになんなのか分からなかったのだけれど、そうではなかったのかもしれない。 女の子だ。紅い綺麗な髪を持つ女の子だ。
私が瞬きひとつしている間にその猛獣の中から救い出して、立ち向かってきた猛獣を瞬殺している。 とんでもない脚力である。牙を折って顔殴っている。ただの女の子だとは思えないくらいの攻撃力だ。
あんな細くて小さな女の子が。どこからそんな怪力が?・・・・目を疑うというか、 その、理解の範疇を超えている。奴隷商人がうるさく喚いているが、なにも耳に入ってこない。
感じるのは胸の中にいる女の子の息遣いだけだ。 心臓がどくどくとうるさくて仕方がない。



この国に来てしまってから突飛な事、自分の想像を遥かに超える予想外な事ばかりで、 私はちょっと考えることを止めそうになる。



胸の前で握りしめたはずの手はすでに力を失っている。
ずるりと崩れ落ちてしまいそうなほどの衝撃を受ける。 さらりとその髪が揺れるのをきれいだなんて感じてしまうくらいに余裕ができてしまうだなんて。 わたしは一体どんな世界に来てしまったんだろうか、だれか教えてくださいな。
かちゃり、と触れ合うその鎖は酷くつめたいものであったけれど、 私はそれでも目の前で繰り広げられる激闘から目が離せなくなってしまったのだった。 確固たる意志は素晴らしい。

紅い髪の少女が猛獣の顔を蹴り飛ばしてノックダウンさせた時、 わたしはその美しさに惚れ惚れとしたものだ。
それと同時に彼女に蹴り飛ばされてぶち折れた猛獣の牙がこちらへすごいスピードで近づいているのが見えた。
・・・それが私のその時の最後の記憶である。







クリティカルヒットは

脳天に!