それは突然訪れた。出会ったのは偶然であって、まったくもって予想もしない形ではあったが。


いつも通りにジュネスの家電製品売り場に行く。平穏が訪れた八十稲羽ではもう必要ない行為ではあったものの、 どうも春までそうやって過ごすのもなんだか、で俺たち4人は頻繁にこのテレビの元へとやってきていた。
電化製品などいつも買う人間なんている訳がなく、俺たちは閑散とした売り場へやって来た。 ちなみに今日は月森、俺、里中、天城の4人で、もうここから出入りする事はなくなったんだよなぁ、と いつものテレビを見て感慨にふけっていた。
と、その瞬間何気なく見ていたテレビからひょろっと白い手が出てきた。・・って、手?!なんで・・・今、手が見えた・・・! え?い、今の何?幻覚?俺ついにそこまできちゃった?


「つ、つ、つ月森!なんか今テレビに・・・!」
「どうした、陽介。面白い顔して」
「ばっか!冗談じゃなくて、よく見てみろよ、今テレビの中からなんか見えた!」
「花村たちってば、ぎゃーぎゃー言って一体どうしたのさ」
「千枝ー!今日はこのお菓子持っていこうよ」


なんか後ろの方で繰り広げられている遠足前の小学生みたいな会話はこの際放って置く事にして、 俺は月森を呼びよせる。理由は簡単、こいつしか聞いてくれないからだ。 月森はゆっくりとテレビの方へ振り返ってから、再び俺に視線を戻すと、怪訝そうな顔をした。


「陽介、何もないぞ。お前・・・疲れているんじゃないのか。今日、止めとく?」
「だーっ、そうじゃない!絶対見た!今、テレビから出てくるのを見たんだよ!」
「テレビから、って事は、クマとかじゃないのか?」
「クマはまだフードコートでバイトさせてる。今から呼びに行くか、って話してたろ?」
「それはそうだが。実際何も・・・、」
「・・・・あ、」
「・・・・・・・・・いや、俺たち疲れてるんじゃないか・・・うん」


再びテレビから見えたものを見てしまった月森は、あはは、と乾いた笑いを零している。 目を逸らしてそういう月森の肩を俺は掴んでぐらぐらと揺さぶる。 相棒、戻ってきてくれー!
俺たちの異変に気付いた里中と天城が寄ってくる。遅いぞ、もう少し早く・・・、


「なっ!」
「きゃ!」
「なんじゃこりゃ?!」
「・・・・!」
「ふーっ、やっと出れた・・・ってここどこ?」


テレビの前であーだこーだ言っていたら、なにか丸いものがテレビからひょっこり出てきて喋った。 しゃ、喋った・・・!?な、なに?!
しかもそれを今度は俺だけじゃなくて、確実に全員が見た。里中を見るとあんぐりと口を開いたままで固まっている。 天城も同じような感じだ。 そんな動揺を隠しきれない俺の横で、落ち付いた声色の月森が言った。


「陽介、ちゃんと見てみろ。人だ」
「あーなんだ人かー・・・・っておかしいだろ!」
「ほんと、人だ。なんでこんな所から?シャドウ・・・とは違うみたいだし」
「そーだよ、月森くんも雪子も冷静すぎ!おかしいでしょ!」
「ぷっ・・・あはは、花村くんと千枝同じ事言ってる・・・!あははは!」


天城の笑い声が閑散とした家電製品売り場に響き渡る。
茫然としている俺を置いておいて、そのテレビから頭だけを出した奴は、辺りを見回すと、テレビの枠に手を掛けて よっこらしょ、とテレビから出てきた。・・・この辺りでは見ない制服だ。 ぱんぱんっ、とスカートを直すと、俺たちの前に立った。
シャドウ、とは確かに天城が言う通り違うみたいだ。普通のカッコしてるし、言動も今のところはおかしくない。 それでも俺たちは、警戒を解くことなくこの目の前に立つ奴を見つめる。そいつはゆっくりと顔を上げて、口を開く。


「あー、えと。あの、こ、こんにちは」
「「「「・・・・」」」」


普通だ。普通すぎる。俺たちは沈黙を保ったままだった。 かなりの不審者なのに、言動は普通だ。 俺たちはやむなく、そいつを連れてクマの待つフードコートへ急ぐことにした。





「ヨースケ、遅いクマ!クマかなり寂しんボーイだったクマー!」
「はは、悪い。いきなりだが・・・クマ、緊急事態だ」
「どーしたクマ。センセイも深刻そうクマね」
「つーか私たちも事情全然分かってないんだけどね」
「うん。全然分からないよね」


フードコートで待っていたクマは走り寄ってきた。里中に抱きつこうとして、足蹴にされ、 次に天城に行こうとして軽く避けられ、最後は月森に雪崩れかかっていた。 それを引きはがして、彼女と対面させる。
クマはぴょこ、と顔を傾けて、言った。

「ここらへんでは見ない子クマねー」
「はぁ、まぁ。多分初対面ですね。少なくとも私にクマの知り合いはいないですから」
「お名前を教えて欲しいクマー!」
「・・・です。クマ?それ本物?中身どうなってるの?かわいいね」
ちゃんクマかー!よろしく、クマはクマクマ!」
「え?クマクマが名前?」
「あー悪ぃ、こいつの名前はクマな。クマは語尾についてるだけ」
「なるほど・・・クマね。さっそくだけどクマ、脱がせていい?」
「いかにちゃんの頼みでもそれだけは聞けないクマ!」
「ふーん、まぁ秘密があるほうが燃えるもんね」
「さすが、よく分かってるクマねー!話が合うクマ!」


本気か冗談か分からない会話を繰り広げながらも、クマとは親しげに笑顔なんぞ見せている。 というか今思ったが、俺たち自己紹介もしてないな!つーか、事情すら知らないんだけど! どうしてテレビから出てきたのかとか、なんで自分だけで出れたのかとか・・・。
言いたげな俺の雰囲気を察したのだろう、月森がクマとの会話に割り込む。さっすが相棒!よく分かってるな。


「それで、、さんはどうしてここに?」
「どういう事クマ?ちゃんはどっから来たクマかー?」
「クマ、こいつテレビの中から出てきたんだよ」
「そうなの、私たちが入ろうとしたら、頭から出てきて」
「でもシャドウじゃなさそうだよね?クマくん」
「・・・・!ちゃんからはシャドウとかそういうのは感じられないクマ」


じゃあ、なんなんだろ、と全員が首を傾げた時、すすっと手を挙げたのは本人である。 月森が代表して、どうぞ、と言う。それに答えるようには語り出した。

「私が何故、テレビの中から出てきたのか、っていうと、私にも分からない。ただ、パソコンやってて画面に 吸いこまれて、で、そっからの出口を探して歩いていたらここのテレビから出てきたの」


凄く簡潔な答えだ。それ以上もそれ以下もない答え。
テレビだけじゃなくてパソコンからも入れてしまうとは驚きだが、本人が経験したのなら多分その通りなのだろう。

ちゃん、なにか不調な所ない?テレビの中だと大体の人は調子が悪くなったりしちゃうんだけど・・・」
「そーだよ、ちゃんは小さいんだし、余計に体力とか奪われてるかも・・・!」
「小さ・・・、」

小さいと聞いたは少々顔を引きつらせながらも、かろうじて笑顔を張り付けている。
そんなに小さいと言われた事が気になったのだろうか。でも背は直斗より少し低いくらいだし、そんなに小さい、ってほど 小さくもない気がするけどなぁ、と俺は心の片隅で考える。

「あ、それは平気です。ちょっと眠いだけで・・・ふぁあ、」
「そうクマかー。あそこにいても平気だなんて、ちゃん珍しい子クマねー」
「そっか!あ、そういえば自己紹介まだだったよね、あたし里中千枝」
「私は天城雪子、よろしくね。ちゃん」
「お、俺は花村陽介。よろしくな!」
「月森孝介、よろしく」
「えーっと千枝ちゃん、雪子ちゃん、花村くん、月森くん。おっけ、覚えました」

ひとつひとつ確認するように、名前を復唱し、指を数え折る彼女にちょっときゅん、とした胸の高鳴りを感じた。
・・・・というか全員そんな感じである。いつも冷静な月森でさえ、菜々子ちゃんを目の前にした時の反応と 良く似ている。あれれ、なにこの空気。この和んだような空気はどこから来るんだ。
気が付いていないのはただ一人だけである。でもふいに眉をよせて不安げな顔をする。 どうかしたのか、と思って俺は尋ねた。


「はい、あのー。私、帰り方分からないんですが。あのテレビに入ったらまた帰れるんですかね?」
「・・・・そういや、そうだな。のんびり自己紹介してる場合じゃねぇか」
「じゃあ、私もう一回テレビの中に入ってみます。それじゃあ、また」
「ちょ、ちょっと待って!危ないよ!何が起こるかまったく訳わかんないんだから!」
「うん、俺も止めておいた方がいいと思う」
「そこ、危ないから。ちゃんは一旦こっちにいた方がいいよ」


くるりと踵を返してまた家電売り場へ向かおうとしたを慌てて俺たちは止める。 そのままにしておいたら、また彼女はあのテレビの中へ入って行ってしまうだろう。それは、マズイ。 あそこは一旦は平穏になったけれど、まだまだ謎が多く、良く分からない事ばかりなのだ。 でもかといって彼女の家はここにはない。彼女はテレビを越えなければ家はないのだから。


「でも、テレビの中に入らないと、私の家はないし・・・とりあえず入らないと」
「ちょっと待つクマ!危ないクマよ!止めておいた方がいいクマ!!」
「うーん、家が無いと困るんだけど・・・。じゃあそこまで帰るのが駄目ならそこらへんで野宿しようかな」
「それも駄目クマ―!」
「あれもこれも駄目って・・・じゃあどうすればいいの、クマになにかいい案ある?」
「えと・・・うーん、そうクマねぇ・・・」

そう聞かれて困るのは俺たちの方だ。クマも黙りこんで頭を働かしている。 4人と1匹が頭を唸らせながら考えている時に、隣でクマがピコーンと豆電球を付けた。 いやに笑顔だな、お前。なんか嫌な予感がすんだけど・・・。

「じゃあ、ちゃんもクマと一緒に住めばいいクマ!」
「・・・そうしてもらえるなら有難いけど。ていうかクマはどこに住んでるの?・・・やっぱ森?」
「森じゃないクマ!ヨースケの家クマよ!」
「え!?クマさんって居候だったの?!てことは飼い熊?!すご、クマをペットにする人初めて見た・・・」
「驚くところ、そこじゃないでしょ!もう、なんかちゃんって雪子とちょっと似てるかも」
「千枝・・・私はこんなにずれてないよ」
「天城と同じくらいのレベルかもな」
「もう2人して酷い!」

「・・・ってかちょっと待て!俺を抜きで話し進み過ぎだろーがっ!」


声を上げるのに精いっぱいで周りの状況に、ついていけなくなっていた俺は必死で叫んだ。 その声に気がついてクマと盛り上がっていたの背中がくるりと回転してこちらを向く。



「えっとあの、ぜひお願いしたいのですが。私が家に帰れるその日まで」


なんか律儀にお願い、なんてされちゃったら、俺に残された道は頷く事しかないんだけど。
おいおいおい、テレビから出てきちゃったとは言え女の子を家に上げても良いものか・・・?!なーんて俺の葛藤を ものともせず、はその日から俺の家の居候2に認定されたのであった。




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