ようやく放送が終わった、ときゅっと握った手をゆっくりと開く。
爪のあとが赤く残っている。ひたすら長かったと感じる放送時間だった。

どれくらい時間が経ったのだろうか、ぼうっとした頭でそのままソファーに身体を預けていると、ピンポーンと酷く間抜けな音がして インターフォンが鳴る。
その瞬間私の頭は覚醒して、飛び上がる様にしてソファーを降り、クッションを投げ出して玄関へ向かう。
思い切りドアを叩きつけるようにして開けると、やっぱりドアの向こうには待ち望んだ人がいた。
よう、と軽く手を上げて、あくまで軽く挨拶をしてきたその人に私は衝動的に抱きついた。



「わっ、ちょ、どうしたんだ〜?」
「・・・・・心配、した」
「これか?ちょっとかすったくらいだ、気にすん」
「気にする!!」
「お、おい・・・あー・・・よしよし」
「私がナイフで指切った時は大騒ぎしたのに・・・自分はどうなの!」
「仕事だからな。それに身体が勝手に動いちまうんだよ」



至極当然と言った顔で平然と言ってのける事が、私にとっては耐えられなくて、ぎゅっと力を込めて 胸に顔を押し付ける。
くぐもった声は、決して私が泣いている訳じゃない。



「そうやって自分の事を大事にしないから・・・!」
「そんな事、」
「そんな事あります!虎徹さんがいなくなったら、私は・・・!」
「泣くなよ、ほんとお前は泣き虫だなぁ」
「な、泣いてない、怒ってるんです!」




彼の言葉に抱きついていた腕を離して、反論する。
腰に手を当てて威圧感を出そうとしてみても、泣いてないと否定の言葉を口から出しても、やっぱりどうしたって 涙は零れて頬を伝う。言葉にしたいのに、言葉に出来なくて、もどかしくてどうしようもない気持ちになる。
とにかく怖くて、失いたくなくて、必死にすがりついたのに、手から零れていくような感覚は慣れる事はなく、 恐怖だけを私に刻みつける。 目の前で笑っているこの人があっというまに霞んでしまいそうで、必死に手を伸ばす。でも届かない。



「だいじょーぶだって。そんなに簡単に俺は死なないから」
「・・・・っ、だって虎徹さんの大丈夫は当てにならないから・・・!」
「う・・・まぁ・・・な。悪い」



そっと、頭を撫でられて、また涙が出そうになる。
違うよ、あっという間に消えてしまうんだよ、人間は脆いから。だから心配なの。そう言おうとするのに、 涙と嗚咽でそれは伝えられずに終わる。テレビで見ているだけの自分は祈る事しかできないと言う事に 自分の無力さを思い知るのだ。
いつだって寂しい時、不安な時にぎゅっと抱きつくのはクッションで、彼ではない。
その柔らかなクッションに顔をうずめて、涙を染み込ませた事は今回だけじゃない。

どうしたって、この職業には危険が付きまとうから、こんな想いを繰り返すと言う事はよく理解していたはずなのに。
でも、でも。思考では分かっていても感情はやっぱりついていけなくて、涙はとめどなく溢れる。



、明日も早いんだろ?ほら、ベットに行って寝なさい」
「・・・・うん。ごめん」
「なんで謝るんだよ」



帽子に隠れた表情は分からない。
笑っているのか、泣いているのか、怒っているのか。 でもその後ろ姿に泣けてきてしまうのは、やっぱり、私が、彼を好きだと、失いたくないと勝手に思ってしまっている からだろう。



例え、それを彼が望まないと、そう知っていたとしても。






ユートピアは戻ってこない






(110607)