「あ、あの、殿っっ!!」
「はっ、はい!!」



勇気を振り絞って名前を呼べば、彼女は背後からの大声に驚いたのか肩が跳ねた。
ジムでのトレーニングの休憩中を狙ったのだけれど、ペットボトルをぎゅっと潰してしまいそうなくらいに驚いている その表情を見て、話しかけるタイミング間違えたかな、なんて今更な事を考えてしまう。
でも、それでもただでさえ接点がないのだから、ここは自分から動かなければきっと100年経ったってこのままの 関係に違いない。う、でも、なんと思われているのか怖い。 また臆病になりそうな自分を彼女の優しげな声が包んだ。



「なんだ、イワンくんかー」
「・・・・は、はい」



ちょっとびっくりした、なんて彼女があんまりにも柔らかく僕に微笑むものだから、ついつい呼吸が止まりそうになって、 慌てて呼吸を再開する。肩に力が入り過ぎて、変に気張った自分の声が遠くから聞こえるような感覚だ。
この笑顔が僕に向けられる事なんてそうそうない事だと自分でもよく理解していただけに、その視線は僕を捉えて離さない。



「あの、と、隣・・いいですか?」
「ん?いいよ?イワンくんも休憩?」
「・・・」



こくりと頷けば、そっか、とまた相槌を返してくれる。
この優しい人が好きだ、と素直に思える。こんな僕が好きとか思うのもおこがましい気がするけれど、 でもすとんと胸に落ちてくるこの想いはとっても暖かい。
無口で愛想がない、なんて言われるのはいつものことで、でも本当は話しかけたくてたまらなかったのだ。 油断すると、へら、と表情が崩れてしまいそうで、彼女の前ではいつだって力を抜く事はなかった。 それが睨んでいる様に見えるのか、いつも眉を下げて、僕の眉間に寄ってしまった皺をぐりぐりとやってくれるのも彼女だけだ。
年上の余裕というのがにじみ出ている気がして、悔しくて仕方がないのに、その余裕に包まれてしまいたいと考えてしまうから、 これは重症だなぁと感じる。



「皺。せっかく可愛い顔してるんだから、もっと笑って?」
「う、あの・・・!」
「イワンくんの笑った顔って好きだなー、にこーって笑ってるととっても嬉しくなるの」
「せ、拙者の・・・・?」
「ん、上出来!これあげる」




ぽんぽんとあやすように軽く叩かれた頭は、確かに熱を持っていて、それが全身へと伝わってとっても熱くなる。 ぽーいっと投げ出されたペットボトルを慌てて受け取れば、それは窓からの光を反射してキラキラと光った。




あたたかいひと






(110624)