泣きたくなるときは誰にだってあるものだ。 特に私はまだまだ大人になったとは言えず、未熟者のままだから。 だから泣きたくなった時はどうすればいいか良く分からない。 呆然とするか泣きわめくか…いろんな悲しみの形はあるけれど、 どの方法で表せばいいかそんなことも分からない。 涙のきっかけはいつもちょっとした事であるからだ。 こんな遠くの異国の地では頼る人もいないのだし・・・。そんな事を考えていると、 「……!」 俯いた顔と気持ちを上に上げれば、ここに来てからお世話になっている人達がぱっと目に飛び込んできた。 飛び込んでとは言ったけれど、涙がフィルターの様に目を覆ってしまっているので、 ややぼやけたものであったけど、それでも見間違えなはずはない。 私はとりあえず彼らに向かって走りだした、全速力ダッシュで。 「…!!!」 「…え?」 「おーこりゃまた熱烈なファンがいたもんだな?」 走りだしてそのままの勢いでその身体にしがみつく。 ぎゅっと背中に手を伸ばした。その赤と白のジャケットにシワや涙がついてしまうのは、申し訳ないと思うけれど、 この悲しい気持ち、泣き出したい気持ちを一体どうすればいい。 ぎゅっと彼の胸に顔を押し付ければ、上からたじろぐ気配だけが感じられた。 「…っ、さん…!?」 「ひゅーやるねぇバニーちゃんモッテモテじゃねぇか」 「な、なに言って…!ちょ、さん、いきなりどうし」 「……っ…ぐす、」 「泣いてる!!泣いてるんですか?!」 「おいバニー。お前がまず落ち着け」 「そ、そうでした。取り乱しました…」 「とりあえず泣いてる子は泣き止ませてやんねぇとな」 ゆっくりとした低音の声が耳に入ってくる。 しかし、私が勢いのままに抱き着いてしまった人からのアクションは何もない。 だんだん怖くなってきて、自分はとんでもなく迷惑な事をしてしまったか、抱き着く人を間違ってしまったかも なんて思ってしまう。いや実際誰に抱きついたって迷惑な話なんだけどね、うん。 だって赤い派手なジャケット来てるから目印になりやすかったんだ、なんて理由でしがみつかなきゃ良かったかも。 しゃくり上げながらそんな事を思ってしまうけれど、一度流れ出した涙はなかなか止まらない。 「お、おじさん!どうすればいいんです!?」 「おいおい、いつも余計なお節介とか言う癖になんだよ」 「緊急事態です!」 「・・・まずはそのあたふたしてる両手を下ろして背中優しく撫でてやるこったな」 「なるほど。やってみま、・・・・出来ません」 「なんでだよ!!諦めるの早ぇよ!」 「・・・き、緊張するじゃないですか・・・!」 「・・・はぁ、いつもキラキラやってんじゃねぇか。バニーは本当、大事なとこを逃しちゃうよなぁ・・・」 「うるさいですよ!おじさん。それとバニーじゃありません、バーナビーです」 「それはきちんと訂正するのな」 小声で交わされている会話の様子は掴めたけれど、内容は掴めない。 涙はジャケットに吸収されて色が変わってしまった様に見える。 するとゆっくりと背中を撫でる手を感じた。温かくて安心する手で、思わず流れてた涙も止まりそうになる程だ。 「こーするんだよ、楓がちっちゃい時はよくこうしたなぁ」 「・・・・」 「うっ、虎徹さん。ありがとうございます・・・」 「ちょっと僕のジャケットにしがみつきながらおじさんにお礼なんて言わないでください」 「ちょそれは理不尽だろ!」 「・・・は!そうですよね・・・すみません・・・バーナビーさん」 「どうしてそう貴女は謝るんです」 「・・・?」 はぁとため息を重くついたバーナビーさんはやれやれと頭を軽く左右に振った。 軽く頭に乗せられた手がゆっくりと動かされる。 「お前…言葉と動作が矛盾してんぞ…」 「え、まぁ。猫だと思えば別に大したことないんで」 「・・・猫、動物扱い・・・」 辛辣な言葉が私の胸を貫いたけれど、(そしてさらに抉られた気もするけど) そんな事ではもうへこたれないほどに私はバーナビーさんの辛辣な言動にも慣れてきていた。 いい事だ!虎徹さんにも慣れるしかないと言われたバーナビーさんである。 それに初対面で会った時よりもずっとずっと態度はマシ・・・になったようなそんなような・・・。うん。 マシになった方だ。 「それにしても何をそんなに泣いていたんです?」 「悲しい事でもあったのか、?」 「・・・・・・・・・」 涙が比較的落ち着いたと判断されたのだろう、ゆっくりと肩に手が降り、そっとジャケットから引き離される。 うーん、やはり明るい日の元で見てもジャケットは赤から違う色へと変貌を遂げていた。 あとでクリーニング代を出さなければっ・・・と思い、2人から聞かれた、その悲しい事の原因である事を共に思いだした。 無言で先ほど私がいたところを指指せば、2人は素直にその指の先にあるものを捉えようと目を向けてくれた。 「・・・・アイス?」 「もう溶けてドロドロだけどな」 「しいて言うなら、5段のアイスクリームです・・・・う、」 「まさかアイスを落とした、とか?」 「何故分かったんです?わ、私の初めてヒーローとして貰った給料で、初めての5段アイスクリームを買ったんです」 「それを落としたんだな」 「ええ・・・なんていうかここ数週間甘い物なんて食べてなかったし・・・久々だったから嬉しくて・・・でも油断しました」 「さん・・・」 「・・・」 今こそぐっと俯いていた顔を上げて、高らかに宣言したい。 アイス5段は外で食べるものじゃない、特にこの灼熱の炎天下の下では食べるものではない。 5段だったアイスがそれぞれ一気に溶けだして、コーンからずり落ちてしまうから。 私は涙をもう一度、ぐっとこらえて。 変な位置で止まったバーナビーさんの手を見ながら言う。 そう、ずり落ちるのならそこで止められれば良かったのだ。 「うん。そう、ですよね・・・」 「は?」 「へ?」 「私、ジム行ってきます!ずり落ちたアイスも瞬時に受け止められるように鍛えてきます!」 そう言って駆けだした私は、涙の跡もすっかり乾くような真夏の太陽の下へと飛び出したのだった。 ・・・・茫然とした2人を置いてきてしまった事など頭の外へと跳ね出していた。 溶けたなみだの行方 「・・・・・」 「・・・・・」 「・・・・・・あの人の涙を見て動揺した僕が馬鹿みたいです」 「でも可愛いって思っただろ、お前」 「・・・・・」 (110713) |