もう、ぐぅの音も出ないほど私――は打ちのめされていた。 私としたことが、お昼を食べ損ねてしまったのだ。お昼前の授業は薬草学で、 これはつまり繊細に扱わなければならない薬草がたくさんあったのにも関わらずに、だ。 お昼前の私――つまり、近寄ってはいけない、不機嫌マックスであるから――に そんなこと出来るわけがなかろう。お腹が空きすぎて、薬草をぞんざいに扱ってしまったのだ。 細かく刻みましょう、と言われた薬草をぶつ切りにし、鍋にぶち込んだ所、綺麗な緑色だった 鍋の中身はみるみる内に紫のどろどろとしたものになってしまった。うわー、なにこれ拷問?




結論から言う、つまり、それで罰として掃除を言いつけられたのだ。無論、お昼ご飯の 時間に、だ。私がこの学校生活で楽しみにしているものは、食事だと知ってのことか! みんなが美味しい物を食べている間、私は暗い教室で掃除。 教室が全体的に薄暗いのもあるが、私の気分が底辺まで落ち込んでいるので、その暗さは 半端ないものだった。と自分で言ってみる。余計に暗い気分になった。言わなきゃ良かった。 あーあー、ありえなーい。 ぐぅの音は出ないが、お腹からのぐぅの音は絶えず出ている。お腹を押さえてみるも、 効果はなし。お菓子はすでにお昼前までに全て食べてしまったし、空腹を抑えるものは なにもない。不幸だ・・・不幸すぎるぞ、私! ああああ・・・私今すぐ、ご飯食べないと死んじゃう病気に掛かってるんです! ・・・・嘘です。気持ち的にはそれくらい崖っぷちだけれど。もう半分落ちかけてる、気分的に。


しかし、いつまでも悲劇のヒロインぶっているわけにも行かない。基本私は ポジティブ体質のはずだ。ちょっとお腹すくともう動けなくなって気分はどん底に陥って しまうが、それ以外は基本前向き思考だ。そうだそうだ。気を取り直して授業を 受けに行こうじゃないか!あとたった5時間か6時間かそこらなんだから・・・・ うっ、ヤバい・・・凄く果てしない時間だと気付いてしまった。変にポジティブさ加減を出すと駄目だな。

私、夕飯まで生きているんだろうか・・・などと思ってしまったがために、 ちょっと若干涙目になってしまったけれど、それを隠しつつ、次の授業へ向かうため、 教科書、ノート、羽ペンを持ち健気にも廊下を歩いていく。






この先の廊下の角を曲がれば、次の授業を受ける教室が見える。ああ、あの教室に 入ってしまえば、かなりの時間を拘束されることになる。でもかといってサボりは いけないし、さっき罰を受けたばかりなのに、またお咎めを受けるのは きついものがある。肉体的にも精神的にも。もうMPはマイナスを示している。 さっきからすれ違う人の視線が痛いのはそのせいだろう。自分でも避けられても仕方がないような、 死にそうな顔してると思う。


そんな気分でもなんとか足を動かし、廊下の角を死人のような、足取りで曲がると軽く衝撃をくらった。 誰だよ!こんな死にそうな時に!と思い顔を上げた瞬間、私の目は釘付けになった。 ぶつかった相手の腕の中にはおいしそうなお菓子ばかり。 これで釘付けにならない奴なんていないだろう。間抜け面で、それを見つめる私に 困ったように上から声が掛かった。




「あの・・・大丈夫?」
「へ?あ、うん!ごめん、ぶつかって」
「ううん、僕のほうこそ、前見てなくてごめんね」




そこで私は初めて相手の顔を見た。そこにはあの有名な悪戯仕掛け人の内の1人、 リーマス・J・ルーピンがにっこりと笑っていた。 初めて近くで見たが、穏やかで優しそうな顔をしている。 しかも整っている。これは騒がれるはずである。まぁ私の場合、彼の腕の中の物体に 心を奪われていたので、顔には目が行かなかったけれども。 私の黒い髪もこのホグワーツではそれなりに目立つが、そういう目立つじゃない。 彼の存在が、そう思わせるものを持っているのだろう。 詳しいわけではないので、なんとも言えないが。とりあえず、私は彼の腕の中の物体に 惚れていた。そう、紙袋いっぱいに詰まったお菓子に。


ちなみにここだけの話、ルーピンの顔を見たのは一瞬で、上の会話中ほとんどが全てお菓子を見ながら の会話である。リーマス・J・ルーピンファンの人たちから殴られても何も言えまい。まぁ 私だって、一応女という分類上ではあるので、お腹が空いていなかったら彼の顔を見ながら話を しただろうけど、今は残念ながら空腹状態だ。残念ながら。本当に残念ながら。 今のこの状態のところ、そういった乙女スイッチモードにはどうにも入れそうにない。




「・・・お腹すいてるの?」
「別にすいてませんよ!?ええ、すいてませんとも!」
「そう?今にも死にそうな顔してるよ?」
「・・・お昼食べ損ねたから・・・ちょっと」




そんなにも、物欲しそうな顔をしていたんだろうか。散々お腹すいたと言っておいてなんだが、 ちょっとショックを受けた。いや、お腹すいていることは事実だけれども、そんな見ず知らずの、 というか初めて対面した人にそんなことを言い当てられてしまうとは・・・。やけくそで お腹はすいていないと言ったが、そんなことは嘘だとすぐにばれてしまっているだろう。 そんなようなことをしばらく悶々として考えていたが、上から優しげな声が掛かった。


「これ、良かったら食べて」


天使か!天使しかない!今この状況を救ってくれる天使!まさにエンジェル! その言葉と共に、紙袋からチョコレートを出して渡してくれる。 なんて、いい人なんだろう!向こうからしてみても、あきらかに変な奴だと感じているに 違いないのに。笑顔で、チョコレートを差し出してくれるとは!ああ、後光が・・・!




「・・・っ、いいんですかっ!これ、頂いても」
「食べてくれると僕も嬉しいよ」
「ありがとうございます・・・・」




リーマス・J・ルーピンがモテる理由がわかったような気がした。こんなこと繰り返していたら、 ファンクラブも結成されるだろう。私もちょっと滑り込みで会員登録したくなってきた。 しかし、無意識にもらえるものはもらっておけと言わんばかりに手を出したのは、少し恥ずかしく思うところだ。 だって、初対面だよ?!そりゃあ、レディファーストとかいうのがある英国人はそうかもしれないが、 私は義理堅い日本人、このまま終わるわけにはいかない。 そのまま通り過ぎていこうとするルーピンに私は慌てて声を掛けた。




「あ、あの!ルーピンさん!私に出来ることあったら、何でも言ってください!」
「え・・・・?うん、ありがとう。とりあえず僕のことはリーマスって呼んで?」
「うん?えっと・・・わかりました!リーマスさん!」
「さん、はいらないよ。それと僕、君と同学年だから敬語もなしでいいよ」
「・・・同学年だったの?全然知らなかった」
「うん、そうだよ。
「どうして私の名前・・・?」
「ふふ、秘密だよ。じゃあまた今度お菓子を一緒に食べようね」
「・・・・お菓子っ!わかった、約束ね!」


そんなこんなで私とリーマス・J・ルーピンの交流は始まったのだった。








「リーマス、お前ってほんっと・・・」
「なに?シリウス。なにか言いたいわけ?」
「だって、薬草学の時にあいつの鍋の中に蜥蜴の尾入れて失敗させたのお前だろ?」
「シリウス、恋は駆け引きなんだよ?これも1つの作戦なんだから」
「だからって、わざとに罰を受けさせて、そこに付けこむって・・・」
「付けこむだなんて人聞きが悪いなぁ。それに誰がって呼んで良いって言った?」
「う・・・そんな視線を送るなよ・・・悪かった、俺が悪かったから!」
「今回はチョコレートだけ貰ってもらったけど、最終的には・・・」
「お前ほんっと、こえーな!」
「・・・シリウス?どういう意味かな?」
「ななっ・・・なんでもねーよ(、こんな奴に気に入られるなんて大変だな・・・)」







欲しいのならあげるよ、全部。
(そして最終的には僕を貰ってもらうんだ!)


「リーマスー!今度ホグズミード一緒に行こう!」
「うん、。じゃあ、三本の箒で待ち合わせしよう」
「(・・・・駆け引きが成功してやがる・・・!)」