冬の寒いある日。 長靴でふみしめればざっくざっくと鳴るぐらいに積もった雪を横目で見やりながら、わたしはコートを しっかりと纏いマフラーをきつく巻きなおした。


いわゆるわたしは寒がり人間である。とは言っても幼少の頃から雪がばーんっと積もるのはいつもの事で あったし、雪がもの珍しいというわけではない。むしろそこらの人間よりは雪国出身であるわたしは 雪というものをよく知っていた。そう、だから知っていたからこそ、この雪には毎年うんざりさせられて いる。このような雪ではしゃぐ年代はとっくに過ぎてしまっていたし、むしろ寒さで眉をひそめる事の 方が多いように思う。
ここ、ホグワーツで教師を勤めることになって、ホグワーツの地に足を踏み入れたのが昨日の事。 ホグワーツがこんなに寒い所だと知っていたら、校長の申し出も断ったのに。


「うぐぐ、なんなのよこの寒さ、いい加減にしてよね・・・さむっ!」


愚痴っても仕方がないのに、愚痴ってしまうこの物悲しさ。寒い、と口に出せば、口から出た息が 白く染まる。喋ると熱を無駄に放出してしまう気がして、口を閉じる。
こんなことならホッカイロを贅沢に使って、5枚貼りとかしちゃえば良かったかなと 思う。今現在はブーツの中に1枚、背中に1枚、ポケットの中に1枚。これでもまだ足りないくらいだ。


特に、中庭を横切るこの時が史上最悪に寒い。
仕事で使う資料を置きっ放してある部屋や、さらに図書館もこの廊下を通りきった向こうにあるの だからしょうがないのだが、こんなとこ通りたくはない。魔法学校と言うくらいなのだから、 どうにか出来ないものか、と考えたりはするけれど。
ポケットに手を突っ込み、やや早足で壁のある向こう側の 通路まで急ぐ。なんでこんな寒い思いをしなきゃいけないんだ!と心の底から叫びながら、中庭の 方で叫んでいる声がふと耳に飛び込んできたので、振り向いた。

それがいけなかった。嗚呼、これこそわたしの史上最凶最悪に悪い出来事だったのだ。


「悪い、大丈夫か?」


振り向いたと同時にべちゃっという音と共に、わたしの顔面に雪玉が投げつけられた。
謝っているような声色だけ聞けばまだ良かった。 そろりと目を開けてみると、笑いを堪えながら謝る生徒の姿。お前、悪いと思ってないだろ。こいつの首しめて湖に そのまま放りこんでやろうか、オオイカの餌になればいい、と思ったくらいに 大丈夫なわけがない。寒い、寒すぎるあまりちょっと物騒なことを考えてしまった。
こんなに寒いのに雪合戦とは頭いかれているのではないか。まぁ、それも学生ならではと言うべきか。 ポケットに手を突っ込み、マフラーに顔をうずめる私の仏頂面にも 全くお構いなしに軽く謝ってくる彼。おいおい、笑ってる場合じゃないだろう。わたし一応、今学期から 先生なんですけど。顔を知らないのはしょうがないが、目上にはきちんとそれ相応の態度が必要だろうが! それともなにか・・・まさか先生に見えてないとかか?まさかのまさか学生とかって思われてないよね?! この生徒は授業を始める前からブラックリスト行きだ。


「シリウス、駄目じゃないか!君・・・大丈夫?」
「本当に加減ってものを知らないんだから、困るよね。大丈夫?」
「わわわ、どうしよう?!あ、あの大丈夫ですか!」


後からばたばたと駆け寄ってくる3人に視線を投げやれば、またまた元気の良さそうな・・・はぁ。 ため息しか出てこない。依然として黙ったままの私を見て、1番小さい金髪の子があたふた し始めた。大丈夫かと聞かれはしたものの、この状況で大丈夫なわけないだろ。雪が溶けて首筋まで 滴ってきて寒い事この上ないわ!つーか寒すぎて、喋る気すら失せるわ。


「ねぇ、この人何も言わないけど・・・大丈夫かな、リーマス」
「あれじゃない、シリウスの投げた雪玉がちょうど悪い所に・・・」
「こ、怖い事言うなよな!大体悪気があったわけじゃねぇし、」
「悪気があってもなくても同じ事だよね・・・君はもう少し頭を使うべきだよ」
「それに謝ってた時、笑ってたよねー、シリウス。それが勘に障ったんじゃないかな?」
「・・・・」
「だって、雪玉が顔面に当たるなんて・・・!ありえねぇだろ!」
「あのタイミングは確かに素晴らしいものだったけど、それでも笑うなんてさ」
「ジェームズだって若干笑ってたじゃねぇか!」
「僕は笑ってないよ。シリウスが笑いすぎなんだよ」
「ちょ、ちょっとみんな!そんなこと話してる場合じゃないよ・・・!」
「ピーターだって、ちょっと笑いそうになってただろうが!」
「えええ?!ぼぼ、僕!?違うよ!」


わたしが喋らないことを言いことに、好き勝手しゃべる彼ら。
しょうがない、まず濡れた顔やマフラーを乾かそう。すっとポケットから杖を出す。


「「「「!!!!!」」」」」
「・・・・?」


杖を出した途端、びくっと固まる彼らを横目で見ながら、すらすらと呪文を唱えて乾かしていくわたし。 乾いた事は確かだけど、雪玉によって奪われた熱は帰っては来ない。 こうなったらもう今すぐ帰ってお風呂にダイブするっきゃない。
帰ろうと思ったが ふ、と彼らを見ると、とても寒そうだ。手や顔は真っ赤で見ているこっちが震えて来る。 せめてマフラーと手袋、帽子くらいはして欲しいところだ。 あとカイロが必要だな。そう思い杖を振ってひとつひとつ出していく。


「な、なにこれ?!あったかい!」
「そういえば君、見たことない顔だよね?シリウス、知ってるかい?」
「俺が人の顔なんていちいち覚えてるわけねぇだろ。リーマスなら分かるんじゃないか?」
「僕も知らないよ。先輩・・・とかかな?」


全員にマフラーと手袋、帽子を。そして手にはカイロを握らせて彼らの手を温めてから、わたしはようやく ポケットから両手を出した。そしてその手で握手をしていく。ぎゅ、っと握ると驚いた。わたしの方が 手が冷たいじゃないか。やっぱり子供なだけあって体温は温かいのかもしれない。
少々感心しながら、突然のわたしの奇行に目を白黒させている彼らに向かって初めて口を開いた。


「わたしは。今学期から闇の魔術に対する防衛術の先生です、よろしくしてもらわなくて良いけどよろしく」


彼らの絶叫が寒い冬空にこだました。








手が冷たい人って心は温かいんだって
「闇の魔術に対する防衛術って・・・!あ、あの」
「今学期から先生が変わるってそういえば言ってた・・・!」
「皆の名前は覚えたから。ジェームズ、シリウス、リーマス、ピーター。よろしく」
「「「「・・・!!??」」」」