俺が、そう彼女―の事を知ったのは入学して半年くらい経った頃の事だ。
入学してちょっとの俺はそりゃもう自分で言うのもなんだが、相当生意気なガキだった。 その生意気なガキが、に言い放った事。俺の口から出た言葉だが、もうそれは時を越えてあの時を無かった事に したいくらいに後悔している。

現に今の俺、グリフィンドール、5年生の俺は考えているわけだ。1年生だった時の自分の愚かさに絶望しながらも。


そんな絶望に打ちひしがれている俺は、談話室のソファーに身体を埋めながら甘ったるいココアを飲んでいた。 ちっ・・・ココアなんて甘ったるいもん飲めるかよ、と普段の俺だったら言うだろう。 しかしながら相手が悪かった。グリフィンドール寮一、甘い物好きを誇る彼のお手製のココアだ。 そんな事を口走ったが最後、とんでもない仕打ちが待っているに違いない。俺はその情景を想像して しまい身体をぶるりと震わせた。それを見た、隣に座る奴が笑う。


「シリウス、本当に君ってやつはどうしようもないね」
「・・お前には言われたくない・・・」
「なになに?僕も話を聞きたいな。それとも僕には話せない?」
「り、リーマス!もちろんお前にも話すさ。だから落ち着いてくれ、な?」
「そう?ならいいけど。じゃあ早く話して」
「はいはい・・・。分かったよ、あれは・・・・」





私が、そう彼―シリウス・ブラックの事を知ったのは入学当初からの事。
入学当初から彼はすごい目立つしモテるしで、同じ寮の子が騒いで騒いで仕方がなかったからだ。 耳を塞いでいても入ってくるレベルだったね、あれは。まぁ、格好良いことは悪くはない、それどころか国の宝だとも 思う。けれど私はあまり関心がなかった。なんでかって、それは彼よりももっと素敵な「魔法」というものに心奪われていた からに他ならない。
そんな彼と同じ時期に入学してから半年くらい経った頃だっただろうか。彼は私に向かって衝撃的な一言を放ったのだ。

現に今の私、レイブンクロー、5年生の私は考えているっていうわけ。どうしようもない事実を突き付けられながらも。


特になんの問題もなく5年生まで上がった私は、図書室で借りてきた大量の本に埋もれながらもうすでに冷めて しまった紅茶を飲んでいた。紅茶のお供は昨日焼いたチョコチップクッキーである。
魔法を勉強する事は凄く面白くて今までの5年間はあっという間に過ぎ去ってしまった。そう、知識というものは吸収しても 吸収しても留まる事を知らない。図書室の本も自分の読める範囲内は借りて読んでしまったし、 特に他にする事もない。もう1度最初から読みなおしてみるのも悪くないかも、とか思ってもう何度読んだか分からない 本に目を通している。ううん・・・やっぱりここの本は面白いわね!





「はぁ?好きな子が・・・ぐああがっ!」
「声がでかい!聞こえるだろうが!」
「ふぅん、シリウスに好きな子が出来たなんてねぇ」
「リーマス!でかい、声、でかい!!」


ジェームズの口を塞いでほっとしていた俺は次のリーマスの発言には反応出来なかった。 これだから2人同時に相手するのはやっかいなんだよな・・・。 思わずソファーから立ちあがってしまった俺は、周りを見回しながら再びソファーへと腰を下ろした。
好きな子が出来た、なんて俺には今まで一度もない。もちろん付き合ったことは数知れずあるが、自分からは一切ない。 俺は、恋愛初心者である。向こうから来る分にはなんの問題もないが、こちらから仕掛けるとなると 問題は山積みなのである。


「仕掛けるって・・・シリウス、悪戯とは違うんだから」
「おおっと、悪い。いつもの癖が・・・」
「シリウスもリーマスみたいに物腰柔らか〜な感じとかになったらまた違うんだろうけどね」
「そんなシリウス気持ち悪いだけでしょ」
「酷ぇ言い様だな、おい!」


そんな俺の反論もむなしく、華麗にスル―したリーマスは器用にもココアを飲みながら袋の 中にあるクッキーに手を伸ばしている。 またこいつクッキーなんて食って・・・ってうん?!そのクッキーの袋、俺の目が正しければ「」って 書いてあるように見えるんですが!


「リーマス!お、お前、そのクッキー!!」
「え?何、大声出してうるさいなぁ。あ、ジェームズ、これはあげないよ」
「いいじゃないか!リーマス、ケチケチしてたら良い事ないぞ!」
「・・・誰がケチだって・・・?」
「すみませんでした」
「そんなことより、リーマスおま、お前、それどうしたんだよ!」
「このクッキーの事?にもらったんだけど?なにか、問題?」
「お前・・・俺の話、聞いてた?」
「すっ飛ばしながらもまぁ、時々」


自分で聞きたいと言っておいてその言い草はないだろう!リーマスの穏やかな笑みは変わる事はない。 俺はテーブルにココアをがつん、と置いてクッキーを指さす。

「そのクッキーが原因なんだ・・・!!」


???を浮かべる2人に対して俺は涙ながらに過去の話を語り始めた。っておーい、リーマス寝るな! ジェームズも席立とうとすんなよ!俺の話を最後まで聞いてくれ!





あれは俺が1年生だった頃、その頃は表立って告白してくる奴は少なくて、大抵手紙かなにかで呼び出しておいて 人気のなさそうな所で告白する、っていうパターンが多かった。
その手紙に付いていたのがあのクッキーだ。いつも手紙にちょこんと添えられているクッキーはなんでか、 ほとんどの手紙に付いていた。食い物には罪はないと思い食べていたが、クッキーはやたらおいしいものばかりだった。 でも毎回の手紙もわずらわしくなり、めんどくさいと感じ始めた頃から、状況は変わった。

告白してくる相手はいつも違う奴なのに、クッキーの味だけはいつも変わらなかったのが不思議と言えば不思議だったのだが。


忙しい時に呼びとめられて渡されるのはとてつもなくイライラとした。 そのイライラはクッキーにも及んで、食べるのも嫌になる時があった。 告白の場所に向かう事も少なくなっていた。そんな時の事だ。


授業をサボって図書室の前の廊下を歩いている時の事だ。前から小さな女が歩いてくるのが見えた。
本を読みながら歩いているので、こちらの事には気が付いていない。ただ目は本の文字を追っており、口はもぐもぐと 動いていた。そして手はページをめくるのと、クッキーを口に運ぶので忙しそうだった。
授業が始まっているというのに急いだそぶりも見せず通り過ぎていくそいつを好奇の目で見つめたその時だった。 あのクッキーのにおいがしたんだ。あの、いつも手紙に添えられているクッキーの。
俺は思わずそいつの腕を引っ掴んで、吠えるように言葉を吐き出した。いきなりの事だったから、そいつも 驚いた表情で目を大きく見開いていた。


「おい、お前かよ、毎回毎回クッキーを寄こすのは!」
「・・・は?えーっと話がよく・・・?確かにクッキーは私が焼いているものですが」
「俺に届けられる手紙によくお前の食ってるのと同じクッキーが付いてんだよ!」
「この、クッキーの?それはそれは、いつもありがとうございます。美味しく召し上がられていますか?」
「そういう問題じゃねぇ!俺は、いつも迷惑してんだ、お前のクッキーに!」
「・・・・そう、ですか。美味しく召し上がられてはいないのですね。・・・ごめんなさい」


美味しかったでしょうか?と尋ねる表情には、少し幸せそうな色が浮かんでいた。 にもかかわらず、俺が感情まかせに投げつけた言葉は純粋な相手の心に傷を付けたのかもしれない。 彼女は少しだけ悲しそうな顔をしてうつむいた後に、立ち去って行った。
迷惑しているのは確かで、正直な言葉を言ったはずなのに俺の心は何故だか彼女の悲しい顔がついて離れなかった。


その数日後に俺の元に届いた手紙に付いていたのはあいつのクッキーではなくなっていた。
大方見よう見まねで作ったクッキーになっていたのだ。手作りは手作りだが、美味くはない。 俺は顔も名前も知らない女の指定した告白場所へと足を向けた。


「おい、あのクッキーはなんだ」
「え?あ、あのクッキー?た、食べてくれたのですか?」
「お前が作ったのか?」
「ええ。でもやっぱり自分で作った方がいいものなのかしら!今まではのクッキーでしたが」
「・・・?それ、どういう事だ」
「えっと・・・あの、恋が叶うクッキーとして人気が高いものですわ。実際は何の変哲もないクッキーなのですけれどね」
が作っているという事か・・・お前らの告白の手紙に付ける為に」
「ええ、お願いしてもそう簡単には作ってくれないものでして、その、本当の想いがなくては駄目なのです」
「本当の想い・・・・?」
が判断してそれが本物であると分かるとクッキーを作って渡してくれるのです」


でも結局は自分の力だから、クッキーは関係ないよと言ってクッキーを作ってくれるのだと目の前の女は言った。 確かにクッキーは告白の結果には直接関係ないものだと、私たちにも分かっているけれど、おまじないのようなものだ、 と言い終えた女の言葉を聞き終えた後、俺は後悔した。
あのクッキーの味を美味しいと思えた事は確かであるのに、そのクッキーを作った彼女に向かってあんな酷い言葉を 投げつけたのか、と思うと自分で自分が許せなかった。





「俺、馬鹿にも程があんだろ・・・」
「うん、馬鹿だね、君は」
「本当にどうしようもないくらい馬鹿だね、シリウス」


顔を覆って机にうつ伏せる俺に畳みかけるように辛辣な言葉が心を差す。
でも本当の事なのでどうしようもなく、反論することも出来ない。 こんなに美味しいのに、と目の前でクッキーを食べるリーマスを見ながら、ああああ、と泣き崩れたくなる自分を 必死で留める。


「それで、その暴言の上に、その子が好きになっちゃったと」
「あー・・・シリウスっぽいよね。そういうなんかタイミング悪いところが」
「しかもそのまま謝る機会も逃してここまで来ちまったんだよ・・・!馬鹿じゃねぇの、俺」
「「うん、馬鹿だね」」


とどめの一言で俺は撃沈した。こいつらに話しても何も良い事なんかねぇ・・・!
涙が出そうになるが、それは涙ではない、泣いてなんかいない・・・!





その数日後、なにかよからぬ事を企んでいそーなジェームズと、いつも通りの笑みのはずなのにニヤニヤしているリーマスに 呼び止められた。こっちこっちと手招きするジェームズの方へと近づく。 ジェームズとリーマスに肩をがっちりと組まれて逃げる事なんて出来るわけがない。なんだか嫌な予感を感じつつも、 引きずられるままに連れて行かれる。
中庭まで連れてこられて柱の陰へと連行される。そこからそーっと顔を覗かせるとそこには本に目を落としたが ベンチに座っている状況だった。俺は猛スピードで柱の陰に引っ込む。


「ほら、シリウス」
「な、ちょ、ジェームズ、リーマス!これはちょっと冗談だろ・・・?!」
「冗談?シリウスってばなに面白い顔してんの?ほら、早く行ったら?」
「え、あのな、なんでこんな事になってんだ・・・?!」
「それはもちろん、僕らがを呼んだからさ!君が謝れる様にね」
「ついでに告白も出来るように、人気のないところを選んだんだよ」
「そ、そんないきなり、ちょ、まて・・・心の準備が・・・っ!」
「行って来い!」


背中をどん、っと押されて柱の陰から足取り怪しく突き出された。
がさっという音に気がついたのだろう、本から目をあげたと目が合う。


「あー、俺、お前に謝りたい事がある・・・それと言いたい事も」


なんとか声に出した言葉はかなり間抜けで格好悪かった。
俯き加減で喋る俺が余程意外であったのか、は大きく目を見開いたのだった。








待ちに待ったチェックメイト
「えーっとあなたは確か私のクッキーを迷惑だって言った・・・シリウス・ブラックさん?」
「(・・・ぐはぁ、そこまで覚えていやがったのか!)・・・そ、そう。俺、シリウス・ブラック」
「あれ以来誰にもクッキーは渡していないので迷惑にはなってないと思いますが・・・?」
「あの、そうじゃなくて、俺は・・・!」




最後のお話です。これで企画は終わりです。
(090812)