「配達終わりましたーっ!・・・って」


ドアを開ける、するとそこは豪華絢爛な屋敷の中でした。
慌てて振り返ってみても、私が開けたはずのごく普通のアルミの安っぽいドアはどこにもなく、 代わりに金の取っ手がついた重そうな扉があるだけだ。


混乱で埋め尽くされた頭。普通はそうだ。ずきんずきんと痛み始めた頭に手を当て、私はとりあえず 考える。いや、むしろ何も考えない方がいいだろうか。余計にこの頭の痛みが激しくなる可能性 大だからだ。視界がぶれて、金の取っ手がアルミの安いドアノブに重なって見える。やっぱりこれ、繋がっているって ことだろうか?!帰りたいんだけど。


私はバイトで配達をしている。コーヒーからケーキ、スパゲッティ、サンドイッチなどなど色々な 軽食をバイクで運ぶというもので、これがかなり好評でオフィスなどでは重宝―――って違う! そんなことはどうでもいい、大切なのは今この現状をどうにかしなくては、ということだ。
状況を整理してみよう、私は配達から戻って、それから店のドアを開けたはずだ。 そのドアがここの空間を繋いだってことか?うーん、普通はありえない。どこでもドアみたいな感じ なのか。うちの店のドアがそんな不思議アイテムだとは気付きもしなかったが一言、言いたい。


「ばっきゃろーっ!」


・・・・ぜーはーぜーはー。息切れするほどの大きな声で叫んだ。が、依然として胸のこのもやもや した気持ちは晴れない。しかもこんなとこ。誰が望んだっていうんだよ。はぁ。


「しっかしどうしよーか、一旦出てみるかな。状況確認、状況確認!」


いつまでも無断で居座っているわけにはいかないだろう。屋敷の中にはさっき大声で叫んだのにも 関わらず、人が集まってくる気配はない。だけれど見つかってしまったらそれはそれで厄介なことに なるだろう。それは確実に言えることだ。どうにかして帰らなければ。ここは私の居るべき場所では ない。
ぐっと金で飾られた取っ手を掴み扉を開く。外の明るい日差しが顔を直撃し、とてもまぶしい。 帽子のつばを下に向け、日差しが当たらないようにする。そして屋敷を見上げる。思ったとおりの 大きさだ。別に、知りたくはないけどとりあえず状況確認!
そして前を見る。その時どっと疲れがのしかかってくる様な感覚を覚えた。


「楽観視しすぎてたかな。こりゃ酷い」


そこはおおよそ日本と思えない風景が広がっていた。苦笑とため息しかでまい、ちくしょう。





はぁ、とため息をついて、よろよろと扉の外の階段に座り込む。最近若い奴が駅の構内などで座り込み をして大変迷惑であるというニュースが流れていたが、そんなの知ったことか!かなり行儀が悪いこと は認めるが、でもこの場合しょうがないだろう。特別な事情があるときは座り込みたくもなる。
今の私が特別な事情を抱えてるということは、もう言うまでもないので許して欲しい。だが、今現在 駅で座り込みをしている金髪のにーちゃんやピンクメッシュのねーちゃんにそのような事情があるとは 考えにくいものではある。とりとめもない考えをぶつぶつ言ってしまうくらいには私は参っていた。 ははっと乾いた笑いが口からでる。どうしよう・・・こんなの、ありえん。笑うしかねーだろ。
広がる庭の遥か遠くに門があるが、確認する気力もなく、さらにそこまで歩くのも嫌だ。 門の外に広がる風景の中に時計塔が見えるが、時刻は確認できない。太陽の高さから判断して、お昼どき だとは思うけど。そういえば、お腹すいたな・・・。あんまり驚くことばっかりだったからすき具合に も気が付かなかったが、気付いてしまえば、かなりキツい、はぁ。誰かがいてくれればまだ泣きつく ことは出来るけど、人が居ないんじゃどうしようもねーな、ほんとに、まったく。
さらには服装もバイトの格好だからジーパンにトレーナー、そして帽子。不審だ、明らかに不審。 無事首が繋がったまま、話を聞いてもらえるかどうか。でもこんなところに放り出されても、生きてく 自信ないんですけど・・・。帰れないし・・・お腹すいた、し・・・。


途方にくれていると、後ろから扉が開く音がした。緩慢な動きで後ろを振り返ってみると、人がいた。 ひとが・・・いた?!人がいるイコール空腹がどうにかなる!そう私の単純思考回路が判断した。
出てきた人物は褐色の肌を持つ私くらいの男の子だ。この屋敷の執事さん、なんだろうか。それにして も音もなく登場するとはかなり心臓に悪い。いや、こんなところで座り込んでいる私が悪いんだけど。
執事さんのような格好をしてるのと、ほうきを持っているところを見ると、ここの屋敷の人なのは 確実だ。階段に座り込んで物欲しげな目をする私と、そのまま無表情の彼の視線が交差する。


「あー・・・・っと・・・・」
「・・・・・」


せっかくめぐり合えたんだから、何かを言おうとするが、何も浮かばない。詳しく言ってみると 浮かぶのだが、この状況には適切なものではない気がする。こんにちは!お腹すいた!何かください! ここどこですか?どれも不適切な感じがする。そして、彼の無表情。 これがプラスされているせいで、何も言い出せない。居心地が悪い。 突き刺さってる、突き刺さってる、視線が!
こんにちは、あたりが妥当か?と冷や汗が背中を伝うのを感じていると、ふいに彼の視線が私では ないものに注がれた。彼の視線の先にあわせて自分も合わせてみると、 馬車がこっちに向かって走ってくるようだ。ああ、なるほど、あの果てしない距離は馬車で移動する ってわけですか。庶民には理解できないが。普通門開けたらすぐに家に入りたくないか? まぁ、いいけど。どっちにしろ私には関係ないことだ。
馬車から目を離さない彼と馬車を交互に見つめてみるが、彼は私を無視したままである。 いや、いいのか・・・?明らかに私って不審人物じゃない?家から出て座り込んでいる人みたら、 私だったら殴りかかるけど。今って危ない世の中だし。正当防衛だから! と、こんな意見を述べてはみたものの、全て私の心の中での主張なので彼は気付くはずもない。
はぁ・・・もういいよ、馬車が到着するまで待つよ。なるべく早くおねがいしますよ、お腹、すいた・・・。 こっちに強制的に連れてこられて、昼飯まだなんだからさ。ぶつぶつと恨みごとを言いながら、ほおづえ を膝を支えにしてする。



馬車がようやく私達の前に止まった。ドアが開き、人が降りてくる。男だ。流れるような金髪を 惜しげもなくさらしている。そして涼しげな目元。これなら大体の女の人なら落とせるだろう。でも どこか胡散臭い感じがするのは何故だろう・・・。うーんミステリアス?
うっはー・・気にいらなーい。つまんなーい。・・・いかんいかん、快適なお昼ご飯を頂くには 一応いい顔しておくことが最低条件だろう。こんなときこそバイトで培った営業スマイルだ! それにしても男の服装は19世紀の貴族のような感じのものである。とりあえず日本ではない。 日本でこんな服着ているとしたら、それはコスプレ以外ありえない。


そして続けて女の人が降りてくる。顔を見てみると、 不思議な瞳の色をしている。なんでか吸い込まれそうになって、心臓がどきん、となった気がした。 多分気のせいだと思うけど。なんだろ、この気持ち。 そして、あーやっぱドレスなんだね・・・。男の服装を見れば容易に想像は出来たけれど。
丁寧に手をとって馬車から女の人を降ろす男の人。ジェントルマーンだなー、っと思ったのはそこまでだ。 その手を自らの口に持っていきそっとキスを落とす。うわ・・・想像がさっきからめっちゃ 当たってしまっている。こいつ・・・たらしだ!笑顔だけれど有無を言わせない態度。 女の人の腰をがっちりホールドして口説いている。 これは、どんな女の人もいちころだとは思うけど、こんな人前で口説きモードに入らないで頂きたい。 残された私はどんな顔をすれば?!すっかりこの雰囲気からのけ者扱いである。後ろに立っている彼も そう思っていることだろう。しかし、ムカムカする男だなー。
しかもその男の口から紡がれる言葉の甘いこと。だぁあああああ!黙れ!!と言ってしまいそうになる。 その口説きをいい加減切り上げて、私の話を聞くような展開になってくれよ。 頼むよ・・・おなか、すいたんだ・・・・。



しかも女の人は迷惑そうな顔・・・っていうか困惑した表情である・・・ん?困惑・・・? 好きで口説かれているんじゃないのか!?それなら話は別である。私がぱぱっと終わらせて、交渉に 移ってやる。思い立ったが吉日。すっくと立ち上がり後ろに立っている彼の持っているほうきを 奪い取る。かすかに彼のまゆが寄せられるのが確認出来たが、私自身が前を向いたのでその 表情がどうなったかは分からない。
くるくるくるっとほうきを回し、空中に投げぱしっとほうきを掴む。戦闘力は未知数。 ただしちゃんばらは得意。特にほうきを使用した場合2倍の効力を発揮する。戦闘開始! 階段から勢いよく踏み切り彼と彼女の間を一閃するように振り下ろす。


「女の敵、悪は滅せよ!」


2人の驚いた顔が目に入った。空腹加減も相まって、多少力を入れすぎたかもしれない。や、悪気は ないんだ。ただお腹がすいたってだけで。