「怪我は…どうした」 「はっ、それがどうやら消えたようで…!」 「消えた?どういう事だ」 「確かに刺されたのになんともないんです。あの娘一体…」 「そうか、ならば政宗様を治す事も」 「小十郎様!!あの娘…悪いようにはしないですよね」 「何故だ。世話をしていて情でも移ったか」 「あの娘は俺たちとは違うんです。間者にしてはあまりに純粋な感じがして…真っ白といえば良いのか…」 「・・・そうか」 片倉小十郎、竜の右目と呼ばれるその男はゆっくりとその娘の下へと向かった。 ACT.19 目を開けるとまたしても覚えのない天井があった。 最近こんなんばっかだなぁ。身体をゆっくり起こす。少し痛みがあったが起き上がれない事はない。回復が 早まっている気がするのは気のせいか…?和室に布団が1つだけ引いてある部屋は明るく日が障子越しにさす。 しばらくぼーっとしてしまう。私はなんでこんな所に…えーとなんだ、とりあえず久々だな。こんな人間らしい睡眠したの。 前は床が固くてどうしようもなかったから。人の家とはいえあれは文句言っても良いと思う。この部屋に近づいてくる足音に 思考はそこまででストップする。 「目が覚めたか」 「あ、はぁ…」 入ってきたのは確か小十郎さんと言う人だった。私の前に座り込むと彼は口を開き、いとも簡単に言ってのけた。 「殿を…治してもらう」 「…?」 こんな威圧的に言われたのは初めてだ。いやこの世界に2回目で来たがそれからという毎日ろくな日はなかったけどさ。 確かに身元不明の不審者だけどその態度はどうかと思うな。にっこりと笑ってやった後、私はこう言った。 「分かりました」 この言葉以外を言った瞬間切り捨てられそうだった。くそ、後で覚えとけ。 彼は片倉小十郎といい、独眼竜の右目と呼ばれるほどの実力を持つ男だった。 ポディーチェックもそこそこに、済まされたため、怪我には気付かれていない。服を脱げと言われていたら、 一発で気が付かれていたと思うけど。多分向こうも相当焦っている。不審だけれどでも治せるのならばと、 通されたのだろう。怪しい事をしようとした瞬間斬られる。 こっちだ、と通された部屋は、意外にそう広くはない所だった。 まぁ、寝てるだけだし、そこまで大きな部屋でも困るか。しん、とした室内で横たわる彼を見る。 息はあるが、目をずっと覚まさない、んだったかな。 確かにこの怪我具合だと無理もない。光輝いている部分が早く治せと言っているようだ。まぁ庶民と彼の命を比べたらそりゃ 彼の方が大事なんだろーけど。 片倉さんもぴくりとも動かない。その目は真剣で、私を射抜いた。 目の前にいる彼を治すのは簡単だ。ゆっくりと傷を移せば良いだけだ。幸村の時と同じ。 「…やれるか?」 「やれます」 むしろ私にやれない傷なんてない。ただ傷を移せば良いだけなのだから。 ここの世界の人と違って特殊な技能なのだろう。まぁ私の元のところにもそんな奴はいなかったけど。 だけどやっぱり痛いし、泣きたくなる。 でも治せると私が答えた瞬間、かすかだけれど目の前の人が安堵の空気を出したことに引っかかる。 ああ、この人は独眼竜が大切で、大切すぎてこんな小娘にもすがってしまうくらいなんだ、そう思うと、 痛いのは嫌だとは答えられなかった。自分に掛かっている期待の大きさに嫌でも気付いてしまう。 「どうした」 「…いえ?なんでもないです」 そう今まで武田に戻る為にやってきた事だ。今回も出来る。今のうちに恩を売っておくとでも思えば。 それにこの人には死んでほしくないとかすかに思っている自分がいる。1回関わってしまった今、もう戻ることなんて出来ないに決まっている。 * 治せ、とは言ったがそれを大人しくしてくれるとは思ってもみなかった。 なにか見返りの物を要求されることは予想内だった。そういう事は当たり前な世の中だ。だが彼女は違った。 ほんの少し考えた後、確かに俺の目をまっすぐ捉らえて「治します」と言ったのだった。 何の見返りもなくそんな事をするなんて、驚きを通り越して呆れた。治した後、斬って捨てられるかもしれないのにこいつは 一体何を考えている? この時代に対し、彼女はあまりに不釣り合いな気がする。兵士の言う真っ白の意味が少し分かった。 彼女はゆっくりと横たわる政宗様の前に座る。しばらく見つめていた。そのままで少し動かなくなった彼女に、耐え 切れなくなって俺は口を開いた。 「治せるか?」 「はい、出来ます」 「頼む」 「…まさか2回目もこんな酷い状態だとはね」 最後にぽつりと呟いた声はかすれて消えた。それを確かめる隙もなく、彼女はぎゅっと手を握った後、大きく開いた。 そしてそのまま何を思ったか、政宗様の胸の、ちょうど心臓あたりに手を置いた。 「(やはり間者か…!?)」 心臓を狙われればいかに強くても一発だ。一気に治せる訳でもないのにその行為を俺は不審とみなした。 腰に差した刀に手がいく。 けれど俺は驚いた、彼女の手が触れた瞬間、ぱっと光が輝いたのだ。雷でも ないその光は一瞬光った後に消えた。それと同時に彼女は畳の上へ転がった。おい、と声を掛けてもぴくりともしない。 ぱっと政宗様を見ると、さっきよりはずいぶん穏やかな顔で眠っている。まさかと思い医者を呼んだ。 内心、気持ちだけが焦って転がりそうだった。 「傷が酷すぎてなすすべがない」と言った医者は軽く見ただけで驚きの声をもらした。 「…治っています。あと数日経てば目も覚まされるでしょう」 信じられなかった。まさかこいつが本当に治したのか。どんな能力を持っているのか。そこまで考え、はっと我に帰る。 俯せなままの彼女を起こし、ひっくり返すとかなり苦しそうだった、呼吸が荒い。無礼かと思ったが、 その不思議な着物をめくってみる。医者と同時にその身体を見れば、見覚えのある傷ばかり。 「殿の…負っておられた傷の位置とぴたりと一致しますな」 「この娘…」 よく見ればこの前兵士が負った腹部の傷がまだ生々しく残っている。 その下には大きく切り裂かれたような傷…政宗様のものとは違う。 俺が今の彼女に出来る事と言えばただひとつだった。 あの娘の素性はまったくわからなかったが、とにかく発見からしてちょっとおかしかった、という事は言えた。 血まみれの状態の政宗様とあの娘は一緒に倒れていた。周りにも黒い鎧を来た兵士が倒れていたが、死んでいた。 傷を負ってはいたが、あの娘は怪しんでくれと言っているようなもんだった。服装からして怪しく、上は真っ赤な薄い布みたいな着物を上から被り、 下はかなり短い丈のものを穿いていた。そのため運ぶ時に兵士が若干目のやり場に困っていた。 まぁ…当然だ。 素性が分からないものを側に置いておく事も出来ず、とりあえず政宗様が目を覚ますまでは簡単な手当をして牢にいれ ておく事で話しがついた。肝心の政宗様が目を覚まさない事には、どうしようもない状態だった。 藁にもすがるとはこのことだ、その時の状態を知らない事にはなんとも対応しづらかった。 兵の中には、その娘がやったに違いない!と叫ぶものもいた。単騎で敵陣の中突っ込んでいった政宗様に味方するものはいるはず もない。2人の呼吸だけが聞こえる部屋で誰ともなしに言った。 「政宗様…あの娘は一体…」 それを知るのは今自分の前にいる主と別室で寝かされているあの娘しかいないの だった。 → (090617) |