深くて真っ白な空間に落ちていく気がする。
深くたゆたう空間が酷く眠くて。眠すぎていっその事眼を閉じようとした時だ。


「……って…っては、だ…っ!」


頭に声が響いた。それも強烈に眩しい光と一緒に。
だから眼を閉じる事が出来なくて、だからゆっくりと引き戻されていく感覚に大人しくその流れに身を任せた。








ACT.20








―――やはり、厳しい。これほどの傷を負ったら手の施し様がありません。と医者は言った。 しかもこの身体だ。傷が上乗せされて癒えるにはかなりの時間が掛かるらしい。 しかも彼女は武人ではない為、今夜を越せるかどうか、という所らしい。

ひゅーひゅーと浅い息が続いて、部屋に響く。
政宗さまを治した後、糸が切れた人形のように倒れた彼女はそれからぴくりとも動かず、その瞳も閉じられ たままだった。
それはまるでこの世界を避けている様で。しかしそれを引き起こしたのは自分自身だ、と彼女の横に座り深く息を吐いた。 深い後悔の念を抱いてももう遅い。すでに城内には殿が助かったらしい、という噂が回り回っている。
だが、彼らは知らない。殿を治した人物が代わりに臥せっている事を。 傷をまさか丸ごと移している事を、きちんと確かめなかった、笑った表情にすこし引き攣った痛みを浮かべた時も、 段差を下りにくそうにしていた時も気にも止めなかった。・・・否、気付かないふりをしていた。

なぜなら彼女は正体不明な怪しい間者であって、心を許す隙など与えまいとと思ったから。 殿を治せる、その一心で彼女に頼んだが、信頼はそこにはなかった。

それがどうだ、現に政宗さまは回復し、その傷は彼女へいった。だからなんだ、という言葉が巡る。 彼女は何をするか分からない。有効利用出来る間にしておこう、と思う心。なんて汚いのだろうか。
彼女は一体どんな思いで政宗さまを治したのだろう。そう思うと、もう耐え切れないくらいの後悔が上から降ってくる様 だった。本当に彼女が間者であるのなら、どんなにこの気持ちが楽になっただろうか。


彼女の真っ白な微笑みが浮かび、……そういえば俺は、彼女の名前も知らなかった。







残されてしまう悲しさ、寂しさを味わわなくて済むという事は、とても幸せな事だ。 でも、だから…どんなに言葉を尽くしても私のこの気持ちは分かってもらう事など出来やしないから。
そうして私はぼんやりとした夢を見ていた気がする。そしてそこから強烈ななにかに 叩き起こされたのだ。


…私はゆっくりと重い瞼を開けた。
まず目に飛び越んで来たのは隣にいる片倉さんだった。…目が合う。 正直最初に会う人がこの人だとは思わなかった。1人かと思ってた、と曖昧な笑みを浮かべた。
起き上がろうとすると、 肩をそっと押されて、そのままで良いと首を振る。でも、と反論しようとしたその言葉は遮られて声が放たれる。
ただその言葉は弱く今にも消えてしまいそうな声だった。


「すまなかった」
「…え、と?あの…」
「殿を守る為になら修羅にでもなれると思った、だがお前にしたことはそれとは違う」
「…はぁ」
「お前が傷付くと知っていたら…いや、知っていても俺はやったのかもしれん…何度謝ろうと許しては 貰えないだろうが…!」
「ちょ、顔を上げてください!」


片倉さんはかなり身分の高い人だろう。そんな彼が頭を下げているなんて駄目だ。だって…私は武田に 帰る為に、見返りを期待して治したから。
全くの善意ではないし、お互い様だ。それなのに謝罪をしてくれるなんて、なんて優しい人なんだろう。 私が間者である疑いを掛けられているのは他でもない、片倉さんが一番知っている事だろうに。しかし まだまだ予断は許さない。だって肝心の独眼竜が起きてこなければ、私の無実も証明できないから。
私は片倉さんを落ち着かせる為にそっと微笑んでみせる。…傷が痛むので綺麗に は笑えなかったけど。


「まぁ、何にしても伊達さまは助かったんですよね?…私も伊達さまに助けられたんです、おあいこですよ」


片倉さんは上手く本当の気持ちを隠した私の発言に顔を上げた。私はさらに言葉を重ねる。


「それに私も死んだ訳じゃないし、いい事ずくめですよ」
「……!」
「ね、片倉さん」
「………かたじけない、殿を救って頂き感謝する!」

私はよく出来ました、と笑顔を作った。


「そういえば名も聞いてなかったな」
「名前…ああ、はい。です」
「苗字があるのか…お前、どこから来たんだ?」
「…?!」
「ああ、いや。どこかの良家の子女であるのかと思っただけだ」
「…いいえ、そんなんじゃないですよ」
「そうか」


それきり片倉さんは押し黙った。沈黙がつらい、つらすぎる。私は珍しく私から口を開いて会話をしようと努力した。 とりあえず独眼竜の様子でも聞いておいた方がいいだろう。


「それで伊達さまは…大丈夫です?」
「目を覚まされてはいないのだが…」
「…そうなんですか?」
「だが医者が言うにはもう大丈夫だと」
「そうですか…良かったです」


伊達の話になるとやっぱ り気になるのか、そわそわとする片倉さんである。それを眺めているとまた眠気 が襲ってくる。ねむい…ねむい。
独眼竜も医者にもう大丈夫と太鼓判を押されたのだから、大丈夫なんだろう。安心が眠気に変わる。 こくりこくりと船を漕ぎ出した私を見て片倉さんは口の端を小さく上げた。どうやら呆れられているらし い。しかしその視線は冷たいものではなかった。


その事に自分でも思った以上に 安心したのだろうか、ますます眠くなって私は目を閉じたのだった。





「・・・小十郎」
「政宗さま、お目覚めになられましたか!」
「ああ、俺が寝ている間、なにか…それにこれは…、「申し訳ありません!」
「おいおい、小十郎。もっとCoolに行こうぜ」
「…」
「どうした?…言え」
「はっ…」


伊達政宗にこれまでの経緯を話した竜の右目、片倉小十郎は目の前がまっくらになった。
彼は伊達にありのままを話した。怪しい素性の分からない者を捕らえてお いたこと、間者かと疑っていたこと、彼女の力に気が付いたこと、彼女の力を使い政宗を治したこと。
…そして今、彼女は全身傷だらけでようやく目を覚ましたという状況にあること。
最後の言葉を告げた途端、伊達の目が大きく見開かれた。ここであの判断をしたのは、間違いだったのか もしれない、と思っていたものが事実になった。
彼女は何でもない事の様に笑って許しの言葉をくれたけれども。自分たちの大きな過ちを再度突き付けられたみたいだ。



彼女は間者なんかじゃない。






一部始終を聞いた殿、伊達政宗と呼ばれるその人は舌打ちしたくなった。 分かっていた、あの女が希少な力を持っている事は。ただ自分があの女を守ろうと思ったのは、つき動かされた訳は。 …そんな力の為じゃない。


ただ自分が倒れた後の事まではどうなるか分からなかった。でも、まさかこうなるなんて。
俺が生きていて、守ろうと思った彼女が死にそうだなんて。しかも他ではない、自分の為に。なんて最悪なScenarioだ、 と思いながらひたすら走る。病み上がりの自分だとは言え、こんなにも身体が軽い。これも彼女の力なのか。
だが、それと同時に城がこんなにも広く感じられるなんて。伊達はもう1回舌打ちをして、彼女の元へと走った。







(091223)