あの女の部屋に行きつくまでが遠く長かった。 そうして、臥せっていると言う部屋の前まで来ると、俺は一回深呼吸をしてから障子に手を掛けた。 力を押さえようとしたけれど、それは無理で、勢いよく開いた障子が音を立てるのを聞いてから、 俺は中へ一歩踏み込んだ。 ACT.21 「the worst・・・なんてこった、ハッ・・・」 中には一つだけ。彼女の寝ている布団と、そこに死んだような色で横たわっている女の姿だった。 大きな音が響いたにも関わらずぴくりとも動かないそれが人間であるということがよく分からなかった。 俺が庇った時にはまだ元気であったそいつは今は、ぼろ雑巾のように擦り切れていたからだ。 布団から投げ出された手は白く、戦を知らない手だった。だから明智との衝突が起こった時に不思議に思ったのだ。 何故こんな奴がこんな所にいる?と。 その疑問と同時にここにいてはいけない人だと思った。だから庇ったと言うのに。 庇ったどころか巻き込んでしまって、さらに傷を負わせてしまった。 「っとに、情けないったらねぇな・・・」 白く傷すら見当たらなかったあの腕はどこにもなくて、今はところどころ擦り傷やら、打撲の跡でいっぱいで 紫や青緑になっているところがてんてんと続いている。 それを見てから俺は、茫然としてぼうっとする頭を振り、布団の傍まで寄って腰を下ろす。 きゅっとその手を握れば、冷たい体温とゆっくりとだが脈打っている事だけがかろうじて生きている事を伝えた。 それを感じて少しほっとした。良かった、まだ、まだ大丈夫だと、そう自分に言い聞かせて。 しかしその傷は腕だけじゃなかった。 もともと胴体には傷があったようで、その傷のせいで一回目に傷を治した時にも酷く歪んだ表情になっていた。 何で受けた傷なのかは分からないが裾がちらりとめくれて見えた傷跡は何かで切り裂かれた様になっていた。 どうしたらそんな傷を受けるのか全く分からない。 ましてや指先や顔はそういった傷以外にはなにも 外傷はなく、むしろそこの傷さえなければどこぞの姫以上に綺麗な肌をしていた。 そこから小十郎の話によると兵士を1人、そして明智の兵との戦闘で傷ついた俺の身体を治したというのだから、 相当な傷を負っている事になる。 俺の腕の中で痛みを必死で堪えてへら、と笑ったあいつの表情が目に焼きついた。 苦しかった、息苦しくてどうしようもない。ぎゅっと自分の衣服を掴む。 しん、と静まり返る室内で時折苦しそうに息を吸うこいつの呼吸の音以外はなにも聞こえない。 己が怪我で臥せっていた間こいつは何を思ったのだろうか。 どれだけ恨んだことだろうか。助けたのは自分であるのに、知らない罪をなすりつけられて。 そしてその原因である俺を治せと言われた事も。 そしてそのおかげで俺は生き延び、こうしてここにいる。 怪我もなく、ぴんぴんとしている事にこんなにも罪を感じるなんてな、と自嘲的な笑みを浮かべて未だ眠ったままの 彼女を見やる。 「・・・・・・・・・」 こいつに対して俺が出来る事だったらなんでも叶えてやろうと強く思った。 そして今俺が出来る事はこいつが目覚める様に祈る事だけだ。 祈るなんてガラじゃないことはよく分かっているし、神なんて信じてはいないけど、それでも 縋りつこうとしてしまうくらいには頼りたいと思ってしまっていた。 一度は目覚めたというのだから、大丈夫。 きっと目覚める。そしてその瞬間はとても喜ばしいようでいて、同時に怖かった。 恐れていた。 あの笑顔が裏切られた事によって消える事を。 跡形もなく消え去ってしまう事を。 もう一度ぎゅっと白くて手触りの良い手を握ると、俺は部屋を後にした。 * 「政宗様、」 「俺はあいつに助けられたんだ」 「・・・・・・彼女は政宗様に助けられたと言っていましたが」 「No、それは違う、俺は二度も命を救われたんだからな」 「あの娘、は笑っていましたよ、政宗様の命が助かって良かったと、」 「・・・・・・・・・・・Huu、とんだgirlだぜ」 部屋を出ると待ち構えていたように小十郎が控えていた。 目が覚めるなり駆けだして行った主へ注意を促す為であろう。それを遮る為に、あの女の話題を出したのだが、 その事は小十郎も気になるようで少し間を置いてから一度あいつが目覚めた時の事を話し出した。 あの状況で笑えるとはどんな女だよ、おいおいと思ったのは言うまでもない。大した奴だ。 思わずひゅー、と小さく口笛を吹いてしまった。 姫とはどうにも言い難いけれど、俺が拾ったのは姫以上に凄いものなのかもしれない。 意味の分からない奇妙な服装、貴重な能力、そしてそして身体に似合わず度胸をもっている。 少し力を込めたら折れてしまいそうなのにその意思は驚くほど固い。 素性が分からない彼女の事を早く知れたらいいと、頭の片隅で考え、俺は「まだ体調が万全ではないのだから!」 と口やかましく布団に戻れと言う小十郎の小言を聞き流しながら、ゆっくりと目を閉じた。 → (101029) |