もうその笑顔を見ることはないのか、と大げさに思うかもしれないけど俺はそう思ってた。
の俺に対する表情はあの保健室のベットで起き上がった時からなにかおかしかった。
怯えるような表情が多く見られて、そして1回も笑わなかったから。いつでもへらり、と笑ってみせるが。俺の前で1回も。
おかしいと思って追求してみれば「記憶がない」とまた怯えたような顔で言う。
その少し薄い色彩の目の中に映る俺はかなり情けない顔をしていたに違いない。
そんなこともなりふり構ってられないほど、俺は動揺していた。
それでもうつむいてしまったの頭をぽんぽん、と撫でたのはこのしぐさをが気に入っていたことを知っていたからだ。
テストの点が悪かった時、友達と喧嘩した時、補習、居残りを言われた時、どんな時でもはこれで元気を取り戻していた。
俺と・・・喧嘩した時だってこれでアイツはにっこりと笑ったんだ。
本当に・・・・好きなのにそばにいられない。記憶がない?走って走って叫びまくりたかった。
の記憶から俺がなくなる?いい加減にしてくれ、どんな拷問だ。
☆
なに、思い出させてやろうかって。最初からそれができるんならなーんにも私は苦労しなくてよかったんじゃないの?
それができないからこうやっていろいろ私なりに考えていたりするんじゃん!
まぁ・・・考えたけど・・・駄目だったけど・・・・未だに何も思い出せないけど・・・・。
「忘れてる、って言われたから黙ってたけど、俺とお前実は、」
「じ、実は!?何?双子の姉弟だったとか?それは嫌だ!いつもいじめられそう!」
「・・・それはない。俺も嫌だ」
真剣な顔をする阿部くんに不覚にもときめいてしまった。
おおっと、待て待て。このいじわるーな阿部くんに私がときめいたりするわけないじゃないか!ばか!
私の心の中の葛藤はさておき阿部くんは言い出そうか、どうしようか、と珍しく悩んでいるようだった。
この前の私みたいにあー!だとかうー!だとか言って短い髪をくしゃくしゃっと手でかき混ぜてから、
反対側の手で私の手首をつかんで、自分のほうに引き寄せた。
「・・・・は?」
「だから、こういうことなんだって」
「えええええ、だからなんでどうして?!え、どういうこと?!」
「俺とお前は付き合ってるんだ」
「はいぃぃいい?!・・・っそれならなんで早く言ってくれなかったの!」
「俺のこと忘れてるって言ったし、忘れてる相手になれなれしくされても困るだろ」
「た、確かに・・・そうだけど・・・」
私が戸惑っていることを察したのか、阿部くんは「悪い・・・」と手を離して気まずそうに下を向いた。
衝撃の事実発覚!しかしそうかそういうことならさっきまでのあの友達の態度とか、そういうことがぴったり
くる。付き合ってるなら毎日7組に行っても違和感ないし、部活何やってるかもわかってるのは当然だよなぁ。
も、もしかしてさっき奇跡だ!とか喜んでいたけど、グランド分かったのも毎日行ってたから、とか・・・?
「で、でも私・・・記憶飛んでるよ?!いつ戻るかわかんないよ!」
「だから、」
「でも!私思い出せるように頑張る!!」
「別に無理しなくても・・・・」
「無理じゃない!!」
「・・・!」
ってはっ・・・!私何を言っているんだ。いや落ち着け!
私確かに記憶飛んでるはずだから、今みたいなこと絶対言わないはずなんだけど、っかしーな。
もしかして、2度惚れたとかそういうこと?!待て待て、何回も自分で待て待てって言ってるけど、
今度こそ本気で待て。私が記憶飛んでからの阿部くんはスイカバーを奪われたって記憶ぐらいしかないぞ!
飛ぶ前の私がどうだったかは知らないけど、私、何?
一気にいろんなことが私の容量の少ない脳みそに詰め込まれたからか、フリーズしそうになる。
すると、パニックになりそうになった私の前にまた阿部くんの手が差し出された。
手、ああ、そうだ。記憶をなくして驚くしかなかった私に差し伸べられた手は確かに阿部くんのものだった。
大きくて、あったかくてごつごつしてるけどそれでも優しいこの手は私を何度救ってくれたんだろう?
記憶を飛ばしたあとにも、それは確かに覚えのある温かみを持っていた。
反射的にぎゅ、っと握ると阿部くんは少々驚いた顔をした。
「阿部くん。私が記憶を飛ばした後に頭なでてくれたよね」
「あ、ああ」
「あれねー私、今だから言うけどすごく懐かしく感じたの。私はこの手を知ってるなって思ったの」
「・・・っ!」
「ああああ、あ、阿部くん・・・っ?」
ちょ、まって!抱きつかれてるから!しかもさっきとは比較にならないくらい強く。
肩のところにこつん、と頭を置いて抱きしめられている。
ひぃぃいい、駄目だ!もう頭沸騰しそう!わけわかんなくなりそう!ああああ、阿部くぅううううんん?!
そして私の耳元で消え入りそうな声で話す。
「そういうこと、言うな。どうしようもなくなるだろ」
「え・・・・?」
「忘れてても、それでもが笑ってられるなら良いと思ってた。言ったって、余計な気苦労増やすだけだ・・・けど、」
「・・・・けど?」
「近づいても、お前怖がるだけだし・・それでも知って欲しかっただけだ。ごめん」
「・・・私だって記憶飛ばしちゃったんだし!阿部くんのこと勝手に誤解してただけで優しい人って分かったよ」
「優しい・・・?それは言われたことなかったな」
ははっ、と笑いながら言う阿部くんだったけど、それは少し寂しげに見えた。
この顔を阿部くんにさせているのは、紛れもなく私、だ。
「ごめん・・・私が記憶飛ばしたりするから、阿部くんだってつらいの当たり前だよね」
記憶を飛ばしたのは私で、記憶がないことに悩んでいたのは私だったけど、阿部くんもいろいろ悩んで
しまっていたに違いない。確かに付き合ってた人から忘れられている、というのはとんでもなく悲しいことだ。
あ、だからコンビニで会ったときもそっけなかったのかな。
わざと私を避けて必要以上の心配をかけさせまいとしてくれたのかな。
阿部くん私のこと考えててああいう態度取ってたのかな。
私の疑問が顔に出ていたのか、阿部くんはまた話し出した。ただしさっきとは違ってそれは―――
笑顔だと思えるものだった。
「んなこと言うな。ほら、笑顔笑顔。お前は笑ってたほうがずっといい」
「・・・・っ」
「・・・お前コンビニで会ったとき、スイカバー取ろうとしてただろ?」
「え?うん」
「コンビニ行ったらお前がスイカバー好きだったこと思い出してさ、んで取ろうと思ったらお前の手が横から
出てきたんだよな。焦ったぜ」
「スイカバー・・・かぁ」
「アイスって言ったらスイカバー食ってたもんな。だから記憶なくなってもスイカバーは好きなままなんだな、と思って
笑いそうだったから慌ててコンビニから出たって訳」
「は?だってめちゃ睨まれたよ私!」
「あーうん、それは・・・焦ってたからじゃねェの?」
目を泳がせる阿部くんは可愛い、とまで思ってしまった。
そうかーあのこわーい顔にはそんなエピソードが・・・てゆうか私スイカバーがずっと好きとか・・・。
スイカバーで笑われる私ってどうなの。そんな乙女ってどうなの。
そんなことを思いながら、黄昏ているとごーん、と6時の鐘が鳴った。
「・・・・そろそろ戻るか」
「・・・・そ、そうだね」
くるっとグラウンドの方に振り向いた私を待っていたのは飛んできた白球。
あれ、なんかこれ・・・覚えがある。と思ったその瞬間。
そして再び私の意識は飛んだ。
「最近同じこと繰り返してる気がしてきたよ・・・」